9話・特対vsオオカミ怪人
『警告、警告。特殊生物発生。戦闘員は至急出動してください』
東京湾に面したエネルギー施設、LNG備蓄基地。いくつもの白い貯蔵タンクの中には、首都圏の暮らしを支える、百六十度で液化された天然ガスを蓄えた日本のライフラインを支える施設だ。
夏の空気を孕んだ夜。そこに怪獣は出現した。
東京湾が近く風が強いことを、ヘルメットの外側で聞こえる音で感じた。僅かに潮の匂い。ガスを閉じ込める強固な球体は、近くで見ると異質なものに見えた。
既に敷地を自衛隊が囲んでいる。場所柄の危険性を鑑みてということか。私たちが到着すると、周辺を囲っていた迷彩服が道を開けた。
「たはあ、今日は早いし張り切ってますね。いつも俺たちに任せっきりのくせに」
透馬くんの呟きがインカム越しに聞こえて、小声で返事をする。
「任せっきりじゃなくて、私たちが独占してるんじゃないかな」
或いは自ら閉じ込められに行っているのか。特対と自衛隊や警察などの既存の組織は、協定を取っているらしく特対が発足してから周辺の避難勧告や救助の役割を請け負ってくれている。一度負けた負けた経験からか、最前線に出るの特対だけだ。
「失敗したら俺たちごと爆弾ドカンだな」
護塔先輩の呟きに「そんなこと言わないでくださいよ」と透馬くんが答えながら門を越える。
「避難範囲。半径三キロから、十キロに拡大したってよ」
ひい、と透馬くんが肩を竦めて、私はヘルメットのロックを締める。
「……安全確保に万全を期すのは、いいことです」
私たちは、負けたら多分怪獣ごと、この場所を封鎖するのだろう。怪獣への武器を作っているのは特対(私たち)だけじゃないはずだ。──今のところ、螺山局長の開発したアーマーと銃が優れていたからなだけで。
『オオカミ怪獣、奥のガントリー付近からタンクに向かっています!』
年季の入った白い建物の制御塔を超え、桟橋のかかるタンクの間を通る。
事前に確認したマップと怪獣の所在地は、東京湾に突出した船が停まる桟橋付近に赤い丸が重なっていた。今回の怪獣は群れで行動している。そう見て、連携を取って駆除していく作戦だった。
『オオカミ怪獣、十五体確認』
通り抜けたタンクの球体は夜の中でも人工的な白で、まるで惑星みたいだった。
「可燃性ガスが漏れたら爆発の可能性があるから乱射はできないな──来たぞ!」
嵐のようだった。声は風で、群れて駆けてくる黒い姿は連なって黒雲のようだった。タンクの間の地上を走る塊が、私たちを見つけて赤い目を眇めた。
「撃ちます!」
私が銃を発射すると、黒雲が割れた。左右に分かれ、四本の足がタンクの白い曲面を滑るように走った。
「くそッ!」護塔先輩が跳躍した。「透馬は右!」
音を立てて護塔先輩がタンクの上に着地する。
「はい!」返事をした透馬くんも飛んで、タンク間を繋ぐ桟橋に着地した。
二人の全身纏った特殊アーマーほどの能力がないのでそこまでは飛べない。
四本足のオオカミ怪獣は背骨が突き出ていて、どこかしら体が欠損しているものいた。
「クソが!」
タンクから跳躍して、飛びかかってきた狼怪獣に拳を振るう。可哀想なくらい投げ落とされて、それでも致命傷を免れた狼怪獣に銃の狙いを定めたが、その個体は再び護塔先輩を睨め付けるとタンクに向かって駆け上がった。数体が桟橋に架けられた配管に噛みつく。
「配管を破壊するつもりか」
ここからじゃ撃てない。私も見えた階段から登って桟橋で援護しようと考えた時だった。
『屋内に狼怪獣が侵入しました! 退避を拒否している人がいます!』
それぞれ聞こえた本部の声に三人で顔を見合わせる。「お前に任せた」と護塔先輩が私に言った。
「はい!」
貯蔵タンクに背を向け桟橋の下を潜り、三階建ての白い建物に向かって駆け出す。扉は開いたままだった。扉を潜り人工的な真っ白い灯りの中は、避難勧告とブザー音が響いている。
「救助対象はどこに」
『入って──』
感じた視線。赤い二つの目があった。肋骨の飛び出た黒い巨躯が認識した瞬間勢いをつける。
「撃ちます!」
聞こえていた本部の声がノイズになる。向かってくる。
覚悟をしながらトリガーを弾く。眩しさに閉じそうになる瞼に抵抗する。私が放った弾丸を狼怪獣は素早く躱すと、一段と強く床を踏んだ。
──これならどうだ!
飛びかかってくると予想した。黒い体が照準に入ってすかさずトリガーを引くと、口の中に何かが入った。灰だ。
『一体駆除』
目の前でオオカミ怪獣の体が崩れた。床に落ちて、灰が形成さずに崩れていく。
「ミャー子先輩お見事!」
とマイクに透馬くんの声が入って来た。
「こっちは銃が使えないのが痛いです!」
ぐっと奥歯を噛む。早く救助して援護に向かわなければ。地に落ちた灰をポケットに詰めると本部の声が聞こえた。
『入って右側の中央制御室です!』
すぐに扉を見つけて中に入る。
対策本部を思い出させる、モニターの多い室内。赤く点滅するブザーの光と、配線の多い壁に設置されている制御盤のランプが異なるリズムで点滅していた。
一番目立つ大きなモニターの前に照らされる男の人の背中があった。
「特対です! こちら危険ですので避難してください!」
「ここを放っておけるか!」
こちらを見向きもせず声が投げられる。
「ここと緊急遮断弁室の制御をしておかないと大規模な爆発の恐れがあるんだ!」
手を止められて振り返った顔の気迫に、返す言葉が出ない。でもいつまたここに入ってくるとも限らない。
「……わかりました。お願いします」
男性が一度止めた手を再び動かす。ボタンを操作をする音に画面が忙しなく切り替わる。
「悪いミャー子そっちに一体!」
『珠弥子さん、怪獣そち──』
「──ます!」
イヤホンにノイズが走って聞こえなくなる。
透馬くんの声だ。二人は場所を移動したのだろうか。銃の発射に伴う通信障害でろくに音声が届かない。
くるかな。男性を背に、開けた入口から廊下を警戒する。
「撃つ」
耳に護塔先輩の声が届く。
こっちには、いつくる。
スーツの下の素肌に冷や汗をかいているのがわかる。冷たい。ここ、空調効いてるのかな。
切り取り線のような思考を集めたいのに、何も深く考えられない。浅い呼吸を鎮めようと深く息を吸うのに酸素が奥まで届かない。
「発射!」
透馬くんの声と重なって、耳に聞こえた唸り声に、胃の腑に衝撃が落ちた。
視界に飛び込んできた黒い塊は、赤い目が一つしかなかった。
気付かれている。開いた口の中は赤い。まばらな生え方をした尖った犬歯がよく見えた。
「撃ちます!」
宣言してすかさず銃を構えトリガーを引く。かわされた、と銃の反動に耐えながら思った。勢いをつけて向かってきた黒い体に再び照準を合わせる間が取れない。
「ぐぅっ!」
歯の隙間から間抜けな声が漏れた。体の芯が硬直する。力が入った硬い腕で、飛びかかってきた黒い体を銃身を使って薙ぎ払った。
「発射します!」
瞬きする前に、狙って撃った。着地したばかりの黒い体に当たる。その体から漏れた歪な音は──ぎえっ、と聞こえて人間みたいだった。
「……一体駆除」
吐いた息が重い。灰になる狼の体に人心地ついて後ろの男性に目を配ると、まだ操作を行っていた。耳に護塔先輩の声が一瞬入り、ノイズになって消えた。
私の中で増した焦りが退避しない男の人への声を出させる。
「まだかかりますか!?」
「普段しない操作なんだ! もう少し待ってくれ!」
硬い唾を飲んだ後に聞こえた声はマイク越しじゃなかった。
「すまない」
入口を警戒しながら、背後にいる男性に耳を傾ける。
「あとここと、緊急遮断弁室の操作が終わったら避難するから!」
まだあるのか。
「そっちに行かないようにこっちで──」
「発射!」
護塔先輩の声に透馬くんの声が重なった。
「女の子だろ」
まだ若い、とかけられた声は背中越しで、男性の声。
「きみも危ないのにごめん。ここでやらないと」
目の前で切り替わる画面。今目の前で操作をしている男性は、きっと私の父親ぐらいの歳なんだろうと想像した。
「頼めないか」
銃を構えながら男性の声に耳を傾ける。来るな。来るな。マイクにノイズ混じりで発射を告げる声が聞こえた。
男性は画面と手元に齧り付いている。
「緊急遮断弁室の方は管理者コードを入れてボタンを押すだけなんだ」
「ですが」
何を言ってる。こんなところで一般人を一人になんてできない。男性がチラと私を伺った。
「終わればすぐに避難できる!」
頼まれてるだけじゃない。声と視線で察した。──信頼されている。
要救助者は突然現れた初対面の人間を救助者だと信頼しなければならないのだ。
人命救助の肝は助けることじゃない。──運命の共有だ。
「わ、かり、ました」
助けることに恐怖してはならない。人を助けるとき、私の命は半分になる。助ける人の命を半分もらうから、ここにいるのは二人ではない。一人だ。
「わかり、ました。私が行きます」
意思を分つ一人だ。
名前と管理者コードを言われ、復唱する。目立つボタンの位置も聞いて、頷く。
「娘がきみくらいの大学生なんだ」
重ねた視線の先の目は、黒くて目尻に皺があった。モニターの明かりだけに照らされた顔は日焼けしていた。
「緊急遮断弁室はここを出た左側の奥の部屋だ」
私に名前を教えたその男性は、状況に似合わない微笑みを見せた。
「頼む」
聞いた瞬間、頷いて飛び出した。
「──つ!」
『みや──』
「撃ちます!」
ノイズ混じりの声を聞きながら走る。
床の硬さをバネに走って、緊急遮断弁室の重い扉を開ける。
壁に走った配線と制御盤。先ほどの部屋より狭い空間の中で、大きく広がる装置類に言われたボタンとレバーを見つけた。
あった。
早く操作を終えて戻らないと。覚えた名前と、アルファベットと数字の混じった管理者コードを打ち込んでいく。
『──ん!』
「一体く──」
「撃つぜ」
耳元で聞こえる声がまだ戦闘が続いていることを実感させる。早く。打ち込み終わって指示されたボタンを押すと新しい電子音が聞こえて、その音に首を動かした。マイク越しのノイズを聞きながらも、よかったなんて思ったのを、開けたままの扉から差した影が塗りつぶした。
『珠弥子さん』
なんて落ち着いた声だろう。本部の声に、そう思った。
その黒い怪獣は、狼として完璧な見た目だった。
他の狼怪獣に目立っていた欠損も不可もなく、赤い目は綺麗な形で──
「あ、ああ」
その口には、一目で人の頭とわかるものが咥えられていた。
「あああ、あ」
銃を構える。壊れた玩具が決められたポーズを取ろうとするように銃を構える。のに。
手が震えて照準を合わせられない。
操作盤の前で立ち尽くす私の前で、狼怪獣は私の目の前に咥えていたそれを落とした。
目の前で赤が飛ぶ。
間違いない。
「宮本、さん」
暗記した管理者コード。覚えた名前。目尻の皺。こんな顔は黒くなかった。
落とされた頭部から、赤が広がっていく。
『珠弥子さん! 目の前!』
今更はっきりと聞こえた本部の声に思考が切り替わった。震えが止まる。よくも。
よくも。
私と視線がぶつかって、狼の体が一歩後退した。標準を定めたのに、その四本足の体躯は後輩に跳躍してくるんと回ると、次の瞬間には人間が立っていた。
銀色というには鈍い、灰色の髪。
開いた胸元に首に輝く銀色のスパイクが目を引く。胸元の開いた黒いジャケット。首元には尖ったスパイクの首輪がついていて、銀色のチェーンがついた黒い衣装を纏っている細身の体。
切れ長の目に宿る、赤い光。捕捉されて肌が粟立った。
──怪人だ。
彼じゃない。それでも、トリガーを引こうとした指が、固まった。思考の一片も形になる前に、
「それうるさい」
すっと腕が伸びてきて、一瞬視界に長い爪が見えた。
「いっ!」
気が付けば頭から掴まれて、ぐっと持ち上げられて爪先が浮いた。なんとか下を向こうとして視界の端に鈍色の頭が見えた。だらんと落ちそうになった銃を持つ腕をせめて胸元で持ち直した。
『護塔くん下防くん、制御塔へ!』
「こちらは今船に乗りそうなのを防いでます!」
「クソッ! 撃つ──」
ヘルメット越しなのに、掴む手に力が籠ったのを感じた。
「うるさい」
まるで人形のように手足は無力で、頭から床に叩きつけられる。衝撃に口から塊のような息と液体が出た。また頭から持ち上げられて、もう一度叩きつけられて、体中から力が抜けると同時に頭が熱を帯びる。
『みゃ──』
「透馬そっち! 撃つ!」
「──ちます!」
『──もういっ──』
耳から聞こえる通信はノイズ混じりで何の役にも立たない。
狼怪獣は数回私を床に叩きつけると、また私を頭から持ち上げていた。ヘルメットの中が生暖かく濡れている。
意識を手放した方が楽だと思うのに、後方部に落ちている血溜まりがそれをさせてくれない。──宮本さん。
「ごめ、なさ」
「捕まえた、か?」
狼怪獣の低い声に反射的に体が強張った。寄せ集まらない思考が靄に変わろうとしていた時に、
「もー、それは俺の仕事でしょお」
間延びした声が聞こえて、意識が集中した。新しく聞こえた声は、聞いたことがあるテノール。
「壊しちゃだめだよ、」
ヘルメット内部から聞こえるノイズの合間に硬い足音。
「連れてくのは俺の仕事のはずだったでしょ?」
知ってる。声の持ち主は、私が名付けた。
──怪人アンタレス。
怪人がもう一体。考えると、最悪な状況だ。身が凍ってもおかしくない場面なのに、心臓から全身に血が巡るのを感じた。
力の抜けた手足が動く。熱い。感じていた痺れが熱になる。動ける。そう思った瞬間、頭を掴んでいた手が離れて体が地に落ちた。
足元しか見えない。二対の黒い足元。一つが動いて、勢いをつけて、視界から消えた。
「あはは。ちょっとさあ、どういうつもり?」
膝をついて声の答え合わせをする。鈍色と、金色。
狼怪人が振るい上げていた拳を、怪人アンタレスが両腕で受け取っていた。
「わからないのか」
狼怪人が短く答える。無表情で最低限の筋肉の動きで放った言葉に、怪人アンタレスが笑った。
「えー? なんのこと?」
狼怪人は答えない。考えろ、と言わんばかりの凍てついた横顔が見えた。ふっ、と金色の毛先が笑った気配がする。
「この前子猫ちゃんを逃したことへの罰ってことね」
解答が落ちて、狼怪人の口から犬歯が覗いた。
どういうことか。
多分この空間の中で、私だけが理解に追いついていない。
「裏切り者に死を」
一度引き下がって、跳躍。次に着地したのは、四本の足。
怪人アンタレスが腰を伸ばして首をぽきりと鳴らした。
「かかっておいで、わんこちゃん」
それから狭い部屋の中で繰り広げられた出来事に、やはり私の認識は追いつかなかった。
鳴り止まない打撃音の中で、ヘルメットに飛んできた破片がこつんと幼い音を立てた。
鈍色の頭の顔はずっと無表情で、金色の頭の顔はずっと微笑を湛えていた。黒い外套の内側の緋色が目の前でひらりと舞うと、次の瞬間には四つ足に変化した体が肩の付け根に齧り付いていて、残っていた人の輪郭がどろりと溶けた。
尾の針が黒い巨躯を貫いた。
サソリの体躯が、どろりと溶ける。形を失った針に、狼の体が地面に落ちる。
「蠍はねえ」
端から崩れる四つ足の体の前に、二本の足が立った。
「罰されるんじゃなく、罰する役割なんだよ」
地面に伏せた狼の体は何も言わなかった。ただ灰になって、吹いた一陣の風に消えた。
ヘルメットの中に酸素が足りない気がする。声が出せない。ノイズは遠い、聞こえない。
「あーあ、大丈夫?」
はっきりと聞こえた。目の前で金色が揺れる。床に闇色のマントが垂れている。
膝をついて私に話しかけていると、目の前の存在にピントが合った。
「アンタレス……」
シールド越しに合った目は狼怪人と同じ赤色の目。垂れた目尻に高い鼻のラインと滑らかな頬の輪郭。
──なぜ安堵してしまうのだろう。
「やっほー、子猫ちゃん」
泣きたくなった。
さきほど目の前の存在が繰り広げていたあれほどの戦いを見たばかりなのに、張り詰めていた痛みと糸が緩んで、目尻から垂れ落ちそうだった。
それなのに、そんな間もなく、廊下から差し込む照明の光に影が落ちた。アンタレスは、振り向かなかった。
「もー子犬ちゃんたちったら」
私の方を見たまま、後ろの方に声をかけた。
「リーダーは死んじゃったよ? どうするの?」
床を削る音がした。黒い影が立体になる。 私の目の前で膝をつく背中に、飛びかからんとしていた。
危ない。私の喉から声が出るより早かった。
「俺だってやたら、殺したくないんだよ」
伸びた人の腕が、狼の喉元を掴んでいた。掴まれている獣の体は畏怖の対象だったのに、今は脆弱に思える。狼怪人に掴まれていた私もこんな感じだったのか。
──きみたちは脆い。
いつかけられた言葉だろう。今になって知る。
「──つら、そっち──」
『撃ちま──』
ノイズばかりが聞こえる。
アンタレスは私からふっと視線を逸らして、手に掴んでいた四つ足の怪獣を部屋の隅に投げた。狼怪獣の喉からギャッ、と聞こえた声が人間のようで、思わず体が跳ねた。
「……怖い?」
宮本さんの首を真ん中に血が広がっている。
銃はいつのまに床に落としていたのだろう。白い銃身がぼんやりと発光している。
静かだ。
場にそぐわない静謐さに、ごくんと唾を飲み込んだ。狼を掴んでいた手が伸びてくる。
獰猛さを布の下に隠した、黒い手袋をつけた手が──
「ミャー子先輩!」
──止まった。
「残念」
ふっと笑って外套が翻る。裾の先で同じ戦闘スーツの人影が見えた。
「透馬くん!」
私の声に呼応したように、その体が白い銃を構えた。
「お前は!」
透馬くんの声に新しい足音が重なる。
「ミャー子!」
「護塔先輩!」
銃を携えた戦闘スーツの姿が増えた。胸に広がる懐かしさに体中が平熱を取り戻す。
「やれやれ。来ちゃったかあ」
テノールの持ち主が首をさすった。金髪の間に、肌色のうなじが見えた。二人は銃を構えている。
「俺、帰りたいんだけど、見逃してくれたりしないよねえ?」
「何言ってるんですか!? ミャー子先輩をこんな目に遭わせて──」
「やめろ」
護塔先輩が透馬くんの肩を掴んだ。
「……銃を下げろ、透馬」
耳元からノイズは聞こえない。落ち着いた護塔先輩の声が空間に響く。
「撤退だ」
どうして。その続きが、わかったの、なのか、なんでなのか──護塔先輩の声に、頭の中の疑問も追いつかなかった。
「おー、きみ、話がわかるねえ」
うんうん、と上機嫌に頷いて金色の頭が揺れる。
「きみたちも満身創痍。ここで俺と戦うのは得策じゃないよねえ、ってこと」
多分笑ってる。怪人と向かい合いながら、護塔先輩は「勘違いするなよ」と低く返した。
「お前を倒せないからじゃない。借りだ」「はいはい、ありがとうね」
私の前から、黒と金色の夜空の色が遠ざかる。立ち塞ぐ二人の間を夜が抜ける。
やがて聞こえなくなった靴音に、釘を刺されたような足が動いて目の前に来た。
「大丈夫でしたか!? ミャー子先輩!」
覗き込んできた感情のわかる瞳に、今更全身に痛みが巡りだす。
「帰るぞ」
護塔先輩の声が聞こえて、そこからのことを覚えていない。




