陽の巻
――こんなところで、殺されてたまるか。
俺はいつでも反撃できるように身構えつつ、自分が目覚めていることを悟られないよう、じっと息を凝らした。
胡蝶は針を火であぶり終わると、今度は植物の葉を一枚、つまみ上げる。つまみあげられた葉は、まるでたった今摘んできたばかりのように青々としていてみずみずしかった。
胡蝶は自分の指で葉を揉み始める。俺の嫌いなあの、青臭い独特の匂いが、部屋中に広がった。
胡蝶は、葉から染み出た草の汁を、針に通した糸にたっぷりと染み込ませた。
胡蝶が、膝に置いてあった俺の手を持ち上げた。
行燈の光を頼りに、俺の手に、慎重に針を刺していく。
――大きな水ぶくれになっている場所だ。
痛みは、感じなかった。
皮膚と肉の間を、針と糸が通過していく。くすぐったいような、奇妙な感覚。
糸が通り抜けた後は、パンパンに膨らんでいた水ぶくれの水が抜け、心地がいい。痛みが消えてから、先ほどまで痛みを感じていたことに気づく。そんな感じだ。
胡蝶は俺が目覚めていることに気づいていない。慎重に、長い時間をかけて同じ作業を繰り返していく。
すべての水膨れのに針を差し終えると、もう一度行燈の光で注意深く俺の手を観察し、剥がした和紙を丁寧に貼りなおしていく。
最後の一枚を貼る時に、ふと、胡蝶の手が止まった。
眉をひそめて和紙についた軟膏を見つめると、手にした木のへらでさっと表面をなであげた。
俺の患部にぴたりと当てられた軟膏の和紙。それは俺の赤くはれあがった傷口をしっくりとおおい、すんなりと馴染んだ。ずっと感じていたわずかな痛みと違和感が、溶けるように消え去っていく。
――胡蝶……
胡蝶は、和紙の上からさらしの布を巻いている。
その手はひどく荒れていた。全体ががさついてひび割れているだけでなく、たくさんのあかぎれができで、ところどころ血が滲んですらいる。爪は植物の汁で根元まで褐色に変色していて、洗っても落ちないであろう、青臭い匂いが沁みついている。
俺は、今まで俺の薬を用意していたのが誰だったのかを思い知り、奥歯をかみしめた。
――駄目だ。泣くな、俺。
俺は嗚咽をこらえた。
俺は、なんて――なんて愚かだったんだろう。
毎日新しく張り替えられていた軟膏は滑らかで、とても青臭かった。摘みたての葉を毎日すりつぶしてすぐに貼っていたに違いない。そうでなければ、あんな匂いがする薬になるわけがない。
こんな一面の雪に覆われている時期に、雪の下から特定の葉を探しあて、毎日必要量を確保し、その都度滑らかな軟膏を作り上げる。その作業がどれだけ大変か。少しでも考えようとすれば分かったはずだ。
それを用意した手が、ふっくらと柔らかでいられるはずがない。
俺は――ずっと前から知っていたはずじゃないか。
胡蝶は――。いつだって、誰かのために、黙って己を犠牲にして……。しかも、それを決して、周囲に漏らさない。
どうして気付かなかったんだろう。
俺は――。とても、愚かだ。




