〜陽の巻〜 薬湯をこぼした後・真夜中
とろとろとまどろんでいた。
真夜中に違いない。
浅い眠りのはざまに、部屋の扉が開く気配があった。
誰かが、そっと部屋に入ってくる気配。
瞳を閉じていても、暗闇の中に密かに揺らめく行燈の明かりを感じる。
俺は再び、まどろみの中に半身を沈めた。
夢と現のはざまで、俺の左手が掬い上げられ、誰かの膝の上に置かれた。
俺の左手を掬い上げた手は、冷たく冷え切っていた。それだけではなく潤いを失ってガサガサに荒れ、骨ばってとても痩せていた。
萌の手は、ふっくらとあたたかく柔らかだ。――これは、萌の手ではない。
――誰だ……?
俺は、薄目を開けた。
胡蝶が、俺の枕元に座っていた。
胡蝶は、やつれていた。
いつでもきっちりと整えられていた長い黒髪は、乱れてまとまりを欠いていた。着物は見慣れたものだが、よれて皺になり、くたびれて見える。目の下には、くまができていた。
よれよれの外見とは裏腹に、胡蝶は無駄のない手つきで、俺の手に巻かれたさらしと和紙を剥がしていく。
全ての和紙が剥がされた。胡蝶は俺の手を行燈の光にかざし、角度を変えつつ、目を皿のようにして見る。見終わると再び、俺の手を自分の膝の上に戻した。
胡蝶の脇には、大きめの盆が置かれている。その盆から胡蝶が取り上げたのは、針と糸だった。
胡蝶は針の先を行燈の炎で慎重にあぶっていく。
――何を、するつもりだ……?
俺の眠気が引いていく。
胡蝶は、くのいちだ。しかも、凄腕の。
その気になれば、毒針の一刺しで、俺の息の根を止めることだってできるはずだ。
――胡蝶は……。
俺を――。亡き者にしようとしているのだろうか……。
『胡蝶姉さまを自由にしてあげてくださいませ』昼間の萌の声が蘇る。
俺が死ねば――。
……胡蝶は自由になれる。




