~陰の巻~ 和颯が火傷を負った日
まったくもって、信じられない。
火傷は、時に、命を奪うのに。
体の半分に火傷を負うと、人は死ぬ。
昔、各務野に、そう教わった。
火傷には、深さがある。火傷の範囲が体の半分に満たなくても、火傷が深ければ死ぬことがある。死ななくても、火傷が深かったり、手当が悪かったりすると、手足を失う。
玄関先で崩れ落ちた和颯の体の下に滑り込み、自らは受け身を取った胡鳥は、使用人たちに指示を出し、和颯を寝室へ運び入れた。
同時進行で大至急、目撃者の証言を集めて、彼の身に、いったい何が起こったのかを把握する。
和颯の権勢をかさに着て、暴力の力を使い、裁判で不正をしようとした者がいたらしい。証拠を持ち、正しい証言をした者が負けそうになっていた。
だから、和颯が真っ赤に焼いた鉄を持ち、弱者の正義を貫かせた。
彼の中で輝いてほとばしる正義感が、目の前に見えるようだ。
なんて眩しいんだろう。
だけど。
正義を貫くことと、大火傷を負って生命の危機に陥る事は、別次元の問題だ。
ああもう。
火傷は時に、命を奪うのに。
勢いに任せ、なんてことをするの。
もう少し、自分を大切にしてほしい。
彼は――……かけがえのない人なのに。
どうしよう。
胡鳥の知るかぎり、薬草に最も通じている人物はカワセミだ。しかし彼は今、遠く離れた伊勢にいる。
甲賀の里にいるときに、火傷の手当ての様子を盗み見たことなら、何度もある。だけど、あの時に使っていた薬草の半分は、この時期の尾張では手に入れることすらできない。
屋敷の門前には、次々と金創医が訪れ、声高に自分の治療が一番だと訴えている。
「わたくしが使いますのは白朝散。これだけでございます。この薬さえ飲めば、刀傷、矢傷、火傷、どのような外傷も、たちどころに治ります」
「いえいえ、太白散こそ万能薬。白朝散では治らないような患者も、太白散を服用すればたちどころに元気になり、次の日には傷口がどこにあったのかすら分からなくなります」
「なにをおっしゃいますか。白朝散と太白散、どちらにも一長一短があるのです。二つを混ぜて飲めば、効果はてきめんでございます」
「白朝散も太白散も、どちらも胡散臭い薬でございます。傷口にニカワを塗って、灰の粉をかけるのが一番でございます。どうかわたくしに治療をお命じくださいませ」
「わたくしが持参いたしますのは、馬の糞から作った秘薬。これに特別な祈祷を組み合わせれば、治らない火傷はございません」
ああ、ほんとうに、どうしよう。
火傷の治療なんて、充分な知識も、経験もない。それなのに、いったい誰の言葉を信じたらいいのかすら、さっぱり分からないなんて。




