陽の巻
俺は中身が半分以上残った湯呑を持ったまま、ぼんやりとしている。
薄暗くなり始めた庭の外には一面に雪が積もっていた。鮮やかな緑色の軟膏のついた夜具からは、青臭い独特の匂いがする。
この匂いは知っている。日陰に生える草だ。切れ込みのある雫のような形をした、赤紫色の縁取りのある葉を持つ。梅雨のころに、白い花が咲く。俺は遠乗りの際に何度も、この草を馬の蹄で踏んづけたことがある。鼻が曲がるような匂いがなかなか取れず、そのたびに閉口したものだ。
夜具の青臭い香りと、一面に積もった外の雪。それに萌の美しい手が俺の中で繋がりかけて――。
「あっ……!」
上の空になっていた俺は、湯呑の中身を零してしまった。
零れた薬湯は、夜具に吸い込まれていく。
俺は、夜着が濡れないよう、急いで夜具をはねのけた。その拍子に中身の残った湯呑が転がった。
「あ、っちゃぁ……」
俺は湯呑を拾い上げる。
幸い、湯呑は欠けてはいない。だが、俺の薬湯は、汚れた上かけが飲み干してしまったようだ。
「ま、いっか」
俺は上かけを床の上に押しのけ、夜具の敷き布の上に横になった。
たちまち眠気がやってきた。俺は目を閉じる。
薬湯、ほとんど飲めなかったな……。
でもまあ、薬の効き目が弱いようなら、明日もう一度飲みなおせばいい。
しばらくしてから部屋の扉があき、萌と新しい上かけを抱えた侍女が入ってきた。
萌は、俺が眠っていると思ったのだろう。黙って俺の上に新しい上かけをかけてくれる。
俺は薄目をあけた。
「萌……」
「まあ、和颯様。眠っていらっしゃるかと思いました。
起きていらしたのですか?」
「うん。でも、眠たい」
萌が俺の横に座る気配がした。
そっと俺の額に手を添える。きめの細かい、柔らかな、手。
その手がゆっくりと俺の額から髪の生え際にかけて、軟かく撫でる。
「ああ、気持ちがいいな……」
「和颯様が眠られるまで、萌はこうしております」
「ありがとう、萌」
これがきっと、幸せということなんだろう。
そう、これが。きっと――。
俺は緩やかなまどろみに身を任せ、眠りに落ちる。




