火起請 ~陽の巻~
火起請とは:裁判のやり方の一つ。
原告と被告の証言が異なるときなどに使われる。
熱したた鉄を用意し、双方に持たせる。
持てなかった者の申し立てを虚偽と判定する。
一面が、真っ白だ。
ところどころ雪に覆われきれていない部分から覗く、緑や黒の色彩が、点々と大地に模様を描く。
一益は、西へ発った。
三河の件は流れに任せることにして、次は伊勢に勝機を見出すよう、俺が指示したからだ。
今回は、胡蝶は一緒に行くとは言わなかった。
萌に、悪阻があったからだ。年長の侍女や町医者は、この程度なら問題はないと言ったが、胡蝶は何日もほとんど眠らずに、萌の傍について看病していた。
年末が近づき、萌の体調も落ち着いた。
守護・斯波義銀さまは清州にある、守護の館へ入った。
清州の治安は安定しているように見える。
俺は今日も、出かけることにする。
鷹狩の成果は悪くなかった。
胡蝶によると、萌には、2人分の栄養が必要だという。萌が食べたものの半分は、俺の子供に食させたことになる。今日は、旨い鳥の肉を食べさせることができそうだ。
――俺の、子供。か……。
全く実感がわかない。
俺の疎外感をよそに、胡蝶や貞じい、それに末森の母上や信勝は大騒ぎだ。特に母上は萌が気に入ったらしく、輿に乗って清州へ通い、菓子だ果物だと持参して、あれこれと萌の世話を焼いている。時には自ら時間をかけて、萌の髪を梳いていったこともあるらしい。
『和颯の子が、次の織口家の当主です。しっかり頼みますよ』二言目にはそう言って屋敷の皆にはっぱをかける。
「なかなかいい子じゃないの」母上が、こっそり俺に耳打ちした。
「体も丈夫そうだし。美人で落ち着きがあって、性格もいいわ。それに教養もあるのね。
胡蝶さんの侍女にあんないい子がいたなんて知らなかったわ。
和颯も、隅に置けないのね」
だけどある日、俺は、萌の部屋で胡蝶を交え、機嫌よく談笑していた母上が、するりと廊下に出た後、ひっそりと涙をぬぐっているところを目撃してしまった。
俺は慌てて廊下を引き返し、何も見なかったことにする。
母上が、いったい何を考えているのか。正直、俺にはよく分からない。
鷹狩りの後は、領地のパトロールも兼ねて、遠回りして帰る。注意深く皆の様子を確認してから清須に戻ると、神社の前で大騒ぎをしている集団がいた。どう見ても農民だ。双方武装して槍を持ち、険悪な雰囲気だ。ただ、明らかに一方が、もう一方より優勢だ。
これは――ケンカというより、強い方が弱い方をいじめているように見える――。
俺は彼らを素早く観察した。
ここは神社。神の前で裁きを行う、簡易裁判所でもある。
「おい、何をやっている?
いったい、何があったんだ!?」
俺は馬を降り、彼らの方へ歩み寄った。
被告、原告、裁判官、それに取り巻きたちが一斉に俺を見た。
「あっ、和颯様――!」
弱い者いじめをしていた方が、先ほどよりも調子に乗って勝ち誇った笑みを浮かべた。
劣勢だった方は、唇を嚙んで俺を睨んでいる。
――ん……?




