~陽の巻~
「おっ! 鰻じゃないか!」
大好物だぞ!
胡蝶がにっこりと笑った。
「犬吉が川の横を通ったら、ちょうど鰻を捕まえているところだったそうです。
和颯様の大好物なので、買ってきてもらいました」
うんうん、そうか。
俺は鰻を頬張った。
うまいっ!
俺はまじまじと胡蝶を見る。
「――ところで胡蝶は、どこか怪我でもしたのか?」
「え? なぜです?」
「今日の胡蝶の笑顔は――。
なんだか、痛みをこらえているように見える」
一瞬、胡蝶の顔に、泣き出す寸前の表情がよぎったように思った。
気のせいだろうか。
胡蝶は困った顔で微笑んだ。
「実は、悩んでいることがあって……。
萌の結婚について――折り入って、ご相談したいことがあるのです」
――なにっ! それは一大事だ。
「――準備の資金が足りないなら、何とかするぞ……?」
「そうではなくて――」
胡蝶は困ったように俺を見た。
一益が、何か飲み物の入った、小さな器を手渡した。
俺は中身も見ずに、一息に飲み干した。
「萌には想い人がいたようなのです」
俺は激しくせき込んだ。
――何だって!?
「なっ――!
相手は誰だ!?」
萌は結婚に消極的だったから、まだ男に興味がないのかと……。
――真逆だった!!
義銀さまほどの相手との結婚をためらうほどに、想い焦がれる相手が萌にいたなんて、少しも気づかなかった!
あ……危ないところだった……!
義銀さまからの正式な求婚の使者がたてられてからでは、とても断れないところだったぞ。
「わたくしの口からは申し上げられません。
ですが、萌が想う相手がいるのであれば、その御方のお側にいられるようにしてあげるのが、萌の幸せだと思うのです」
「もちろんだ!
萌の幸せが一番だ。
義銀さまには俺から丁寧に辞退の申し出をしておく。
ところで――一益、これは何だ?」
俺は空になった器を持ち上げた。
これを呑んだとたん、体が芯から熱くなっていくようだ。
「マムシ酒だ」
一益は興味なさそうに答える。
「不味い」
「滋養強壮に効果がある。文句を言わずに飲んでおけ」
「じゃあ、食事も終わったから、今からここに萌を呼んで話を――」
「和颯様」
貞じいが割り込んだ。
「先に湯あみを済ませてしまいましょう。ちょうど風呂の準備ができたようです」
一益が頷いた。
「萌の話は、寝る前に聞いてやればいい」
「え? でも、今食べたばっかりだし、風呂の前に――」
「さっぱりした方が頭も冴えるでしょう」
「ついでに髪も結い直しておけ」
「新しい夜着を出しておきます」
「隣の部屋に夜具も用意しておいてやるから」
――え? え? それって、必要ある?
胡蝶が立ち上がった。
「では後ほど寝室に萌を連れていきます」
「待て、胡蝶!」
俺はとっさに胡蝶の手を握る。
胡蝶は苦しそうに俺を見下ろした。
「――なんです?」
やっぱり今日の胡蝶は、いつもと違う。何かに耐え忍んでいるみたいだ。
だけど、いったいどうすれば、胡蝶の苦しみを取り除くことができるのか、俺には見当もつかない。
めずらしく、貞じいまでが痛みに耐えるような顔をして、胡蝶と俺を代わりばんこに見ている。その口が、何か言おうと開きかけ――。
「――いや。……なんでもない……」
俺はおずおずと、胡蝶の手を離した。




