陰の巻
「萌さまは、自害なさるか、さもなくば、出家を――」
「自害って――どういうことよ!?」
縁談の相手は、尾張の守護だ。
萌とは年齢もぴったり。
義銀さまなら、胡鳥も面識がある。窮地に陥っても誇りを捨てない、強い心を持っていた。芯があり頼りになる、立派な青年だと感じた。人柄も悪くない。
さすがの胡鳥でも、分かった。
「……萌には既に、想い人がいるのね……」
蔦は平伏している。
「もう!!
そうならそうと――。
どうしてもっと早く言わないのよっ!?」
まったくもって情けない。
蔦は胡鳥を嫌っていたが、主のためなら私情を捨てられる女だと思っていた。
まさか、自分への憎しみのために萌の想いを代弁する仕事を、後回しにするとは。
「何のために、あなたがついているの!?」
蔦は平伏している。
――まあいい。
萌に想い人がいるのなら、最優先でその縁談を進めるまでだ。
確かに、義銀との縁談を断るなら、これがギリギリのタイミングではある。
正式な使者を仕立てられてから断っては、角が立つ。
胡鳥はため息をついた。
「……で。
相手は誰なの?」
「――申し上げられません」
「はああああああぁぁぁぁぁっ!!?」
思わず声を荒げてしまう。
「ふざけないで!」
「………」
蔦は平伏している。
「まどろっこしい駆け引きは嫌いなの!
分かっているでしょう!?」
「………」
蔦は平伏している。
蔦は胡鳥を嫌悪しているが、侍女としては有能だ。胡鳥のことは、よく理解もしているはずだ。
「ああっ……もうっ!」
ちらりと蔦を見下ろす。
蔦はぴくりとも動かない。
これ以上は言えない、ということか。
全くめんどくさい。
胡鳥は大げさにため息をついて、考えを巡らせた。
「……。
…………。
そういえば。
――最近、萌はよく、和颯さまと兵士の訓練に、顔を出していたわね」
蔦が先ほどより深く頭を下げた。
正解、という事か。
確かに、萌が差し入れを持っていくようになった理由は不明で、唐突といえば唐突だった。
想い人に会いに行くため、と考えれば納得がいく。
「だったら、こっそり教えてくれればいいでしょう!?
どうして教えてくれなかったのよ!?」
蔦は平伏している。
胡鳥は小さくため息をついた。
声をやわらげる。
「和颯さまの兵士達なら全員知っているわ。
身分はまあ――。そんなに高い人はいないわね。
すごく低い人はいるけれど。それはまあ、しかたないということでいいんでしょう?
全員、いい人よ。
いいんじゃない?
萌が結婚する相手なら、生活には困らないよう、和颯さまに取り立てていただきましょう。きっと了解してくださるはずよ。
確かに――。
義銀さまと結婚する方が贅沢はできるでしょうね。
でも、身分が低くても、お金がなくても。
好きな相手と添い遂げた方が、萌は幸せだと思うの。
わたしは。
萌には幸せになって欲しいのよ」
胡鳥は息をついた。
「――で? 相手は誰?」
「……」
蔦は平伏している。
「ちょっと! どういうことなの!?
早く教えなさいよ!」
「……」
蔦は平伏している。
「………っ!
――まさか……」
胡鳥は息を呑んだ。
「――既婚者………なのね……」
蔦が再び、頭を深く下げた。




