数週間後 清須
手紙から目を上げると、得意げな一益の顔が飛び込んできた。
「内容は?」
「三河の新守護・吉良義昭さまに、尾張の守護・斯波義銀さまに、ご会見いただいてはどうか。だと。
そして義銀さまの随行人は、俺が適任だろう、と」
「――っしゃあ!」
一益は、握ったこぶしを、ぐっと自分のほうへ引き寄せた。
「――お見事でございます」
珍しく貞じいが、一益に向かって恭しく頭を下げた。
胡蝶は不満そうだ。
「――私が、言い出しっぺの仕事だったのに……」
「まあ、そう言うなよ」
胡蝶の顔を覗き込む一益は、まるで小さな子供を優しくあやしているようだ。
「どっちにしても、お前はあそこが潮時だっただろう?
どうしたって女は目立つ。
女が長居をすると不審に思われる。そうだろう?」
胡蝶は唇を尖らせた。
「――そうだけど……」
一益の手が、胡蝶の肩に触れた。
「道筋をつけたのはお前じゃないか。
俺はただ、最後の仕上げを、担当しただけだ」
一益は俺から手紙を取り上げ、胡蝶の手に持たせた。
胡蝶が不安そうに俺を見る。
俺は力強く頷いた。
胡蝶の顔がぱっとほころび、誇らしげに笑った。
手紙の差出人はなんと、今川義元だ。
手紙には、三河で反乱がおきたこと、反乱を治めるために、三河の守護・吉良義安を駿河に呼びつけた事が書いてある。(つまり、反乱の首謀者・吉良義安を三河から引き離し、駿河にとどめた、ということだ)
義元は、自分の言うことを聞きそうな、吉良義安の弟・義昭を三河の新しい守護に据えることにする。
だが、兄と違い、弟には、まだ人望も実績もない。
そこで義元が企画したのが、この会見だ。
三河の新守護・吉良義昭さまが、尾張の守護・斯波義銀さまと面会すれば、二人は同等だということを、内外に知らしめることができる。
それはつまり、義昭さまの持つ力が、尾張の守護と同等であることを、三河の者たちに示すことになる。
一方でこの会見は、義銀さまにとっては、大きなメリットはない。今は力を持たない義昭さまと、既に尾張の守護の座を引き継いだ自分が同等であると、周囲に示すことになる。断られる可能性も十分にある。
だから義元は、俺に書状を送ってきた。
書状には『会見時、斯波義銀さまの随行役は是非、織口和颯殿に務めていただきたい』とある。
この面会は公式行事だ。
義銀さまの公式行事に随行するということはつまり『尾張の守護・斯波義銀さまの第一の家臣は、織口和颯である』という公式見解を、周囲に示すことができるということだ。
俺たちは今、尾張国内の岩倉家と紛争中だ。
俺が義銀さまの第一の家来であると示せれば、自動的に『織口家と敵対する岩倉家は、守護・義銀さまにさからう反逆者』という構図になる。これは織口家にとって計り知れないアドバンテージだ。
義銀さまは、織口家が保護している。
俺が口添えすれば、この会見は実現する可能性が高くなる。
――今川義元。
恐ろしい政治的センスの持ち主だ。




