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俺の妻は忍(しのび)ですか?  ―― そして、次に殺される男は俺ですかっ!?  作者: ひの
21、北に岩倉・東に今川

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~陽の巻~

 最初は見間違いに違いない、と思った。

 どうかしている。行商人の夫婦なんて、掃いて捨てるほどいるじゃないか。

 だけど。

 やっぱり見間違いなんかじゃない。

 俺はものかはから飛び降りる。


 胡蝶と一益はさっと周りを見回し、俺に向かって素早く一礼した。

 2人が周りを確認するとき、胡蝶は前方と右を、一益は左と後ろを確認した。その動きは見事に調和していて、絶妙なコンビネーションだった。


 それは、高揚しきった俺の気持ちが、一瞬にして冷静さを取り戻すのに十分だった。


「胡蝶。それに、一益。

 ――無事でよかった。心配していたんだ」


「そうだと思って早めに切り上げきたぜ」

「まだやり残した仕事があるのです」


 俺は胡蝶の全身を見回した。

「大丈夫だったか?

 怪我は? 危険な目には合わなかったか?」


 2人は同時に、むっとした顔をした。

「そのようなへまは致しません」

「何のために俺がついていったと思ってるんだ」


 お……おぅ。

 なんか俺だけアウェーだぞ。

 

 俺は周りを見回す。

 立ち聞きしている者はいないようだ。


 俺は声を落とした。

「首尾は――どうだった?」

 俺たちの輪が、ぐっと縮まった。

「上々だ」

「今川家に不満を持つ、三河武士たちを焚きつけてきました」

「だが、そいつらをまとめられるリーダーがいねぇ」

「三河の守護・吉良義安が適任かと」

「日数が足りねぇ。だが、今がチャンスだ」

「吉良義安をまつりあげれば、三河の反乱軍を組織することができます」

「さすがの今川家も、三河平定に手を焼くはずだぜ」


 ――や、やるな……。

 胡蝶、一益、すげぇ。


 俺は頷いた。

「二人とも、ご苦労だった。

 一度清州に戻ってゆっくりするといい」


 胡蝶が嚙みついた。

「いえ、ゆっくりしている暇はありません。

 今が好機だと申し上げたのを、お聞きになっていらっしゃらなかったのですか?

 たった今、和颯様への報告も済んだところです。

 この足で、もう一度三河に戻って――」


 俺は一益を見る。

 一益は俺の目を見て、肩をすくめた。


 俺は胡蝶を見た。

「だけど、胡蝶。

 清州で――萌が待ってる」


 胡蝶の瞳が揺れ、俺を見た。

 俺は……汚い男だ。


 戸惑いと、迷いを含んだ声が尋ねた。

「萌は――変わらずに元気ですか?」

「元気だ。だけど。

 貞じいの留守中に胡乱な訪問者があった。

 もちろん追っ払ったけど――。

 胡蝶が帰るのを、待ってる」


「………」


 俺は、胡蝶の顔を覗き込んだ。

「胡蝶。一度、清州に戻ろう。

 その後のことは、その後に考えたらどうだ?」


「――……はい……」

 胡蝶は俯き、潰れるようにつぶやいた。


 俺は胡蝶の手を取る。

「胡蝶、疲れただろう。

 ものかはに乗るといい」

「いえ、清州まで歩けますので、大丈夫です」

「馬のほうが早い。

 萌が――待っているぞ」


 俺は胡蝶を抱き上げた。

 胡蝶は抗わなかった。


 胡蝶は袴をはいていない。

 俺は胡蝶を、ものかはの背に、横座りになるようにして乗せた。

 続いて俺も、胡蝶のすぐ後ろに跨る。

 鐙に足をのせ、手綱を取った。


「和颯様!」

 一益が声を上げた。さっきまでと声の調子が違う。

 胡蝶がはっと顔を上げた。


「胡蝶様のおっしゃる通り、やはり今が好機のようです。

 わたくしはこのまま三河に戻り、三河の守護・吉良義安を、反乱軍のリーダーに据えてまいります!」


「よしっ、行ってこい!」

「ちょっと待って! ずるいわよっ! 私も行くっ!」

 胡蝶がものかはから飛び降りそうになるのを、後ろから抱きかかえて阻止する。


 一益は素早く一礼すると、さっと走り去った。


「カワセミっ! この、裏切り者っ!」

 鋭い声をあげ、俺の手を振り払おうとする胡蝶。


「ダメだ。胡蝶は清州に戻れ」

「和颯様っ!」

 振り向いた胡蝶の目には、涙が浮かんでいた。

 俺はたじろぐ。 

 だが、俺はぎりぎりでその瞳を受け止めた。

 

「――萌は清州で、胡蝶の帰りを待ってるぞ?」

 胡蝶は俯いた。

 俺の胸が痛む。 


「……――はい……」

  華奢な肩に諦めがにじみ、彼女は全身の力を抜いた。


 俺は、ものかはを発進させた。

 胡蝶は黙って、馬に揺られている。

 胡蝶は俺の両腕の間にいる。俺の胸元に髪が触れるほど近いのに、そんなんでは俺には全然足りない。俺は狂おしいほどに彼女の存在を求めた。

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