数日後・清須 和颯の屋敷
「――さま?
……。
……和颯兄さま?」
何度も名前を呼ばれ、俺ははっと顔を上げる。
「…………ああ……。
――萌……」
萌は、ぷう、と頬を膨らませた。
それは、那古屋で出会ったばかり、ずっと幼かった頃の萌と同じ顔で、懐かしさに思わず、心がじんわりとする。
「もう。
兄さまは、ずっと上の空で」
俺はまた、庭の木に目線を移す。
「――ごめん。ちょっと……。
考え事をしていたから――」
「昨日も今日も一昨日も。
明日もずっと。ですか?」
――えっ?
俺、そんなに、ぼーっとしてた!?
萌は困ったように微笑んだ。
「和颯兄さま。
そんなに気になられるのでしたら、いっそ、お迎えに行かれては、いかがですか?」
「――えっ?」
――お迎え?
何の?
萌は俺を見る。
「胡蝶姉さまが熱田に立たれてから、10日になります。
どのような願掛けをされているかは存じませんが、そろそろお帰りになるころでは?」
「――う~ん……」
萌は知らないが、胡蝶は熱田へ願掛けに行っているわけではない。
いつ帰ってくるか、俺も知らない。
それを知ってるのは――一益だけだ。
胡蝶は今、一益と2人きりだ。
2人きり? 胡蝶と、一益が?
きっと2人は今頃、協力しあってお互い見つめ合って――。
俺の妄想は、萌の声で中断される。
「もう!
そのように暗い顔をなさらないでくださいませ!
胡蝶姉さまがいなくなってから、和颯兄さまが枯れ果てたように沈んでいらっしゃるので、屋敷の中に雨が降っているようです。
屋敷中の皆が、心配していますよ」
――えっ……。
そうなのか。
「……それは、まずいな……」
いや……。
どうでも、いいのか……?
俺は萌に目をやる。萌はにっこりと笑った。
「ですが、萌の予感では、今日あたり胡蝶姉さまはお帰りになる気が致します」
「……――ふうん……」
「――あっ……!
信じていらっしゃいませんね!?
後悔しますよ。
萌の予感は当たるのです」
「えっ……、そうなのか……?」
「はいっ!
自信あり、です。
それに……」
萌の笑顔に影が混じる。
「ずっと屋敷にこもって欝々とされているよりは、少しお出かけされたほうが和颯兄さまのご気分も晴れるでしょう」
――ああ。
そういうこと、か。
暗い顔の俺がずっと屋敷に居座っていたら、みんな居心地が悪いんもんな。
俺は立ち上がった。
「分かった。少し出かけてくる。
行先は熱田。
夕方までには戻る」




