表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺の妻は忍(しのび)ですか?  ―― そして、次に殺される男は俺ですかっ!?  作者: ひの
20、北に岩倉・東に今川

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

280/282

清州・和颯の屋敷の庭

「いえ、その枝ではありません。

 もうちょっと右――いえ、左です。

 その先。……そう、それです!」


「これか?」


「はいっ!」

 嬉しそうに手をたたく萌。

 俺は言われた枝を手折り、木の上から手を伸ばして萌に手渡した。


「ありがとうございます!

 後で、和颯兄さまの部屋に活けさせていただきます」

 ――俺の部屋に?


「いや、俺はいいから――。

 これは、萌の部屋に飾るといい」

 

「えっ!? 良いのですか?」

 萌は、ぱっと嬉しそうな顔をした。


 うんうん。

 やっぱり萌はかわいいなぁ。

 庭の木の枝1本で、そんなに喜んでもらえるなら、俺も嬉しいぞ。


 ふと、萌が思案顔になる。

「ですが、胡蝶姉さまのお言いつけでは――」


「仲がおよろしいことで」

 庭の隅から下卑た笑い声が聞こえ、俺は肝を冷やした。


「誰だっ!

 誰の許しを得て、この庭に入ったっ!?」


 萌は凍り付いている。

 俺は木から飛び降り、萌を背にかばった。


「このわたくしに、そのような態度をとって、後悔しませんかな?」

 ニヤニヤ笑いを浮かべて出てきたのは、小柄で下品な男だった。

 毛並みの悪いドブネズミのような顔をしている。

 

 ――こいつ。なんか、嫌いだ。

 うまく言葉にできない嫌悪感が、足元からじわじわと忍び寄る。

 だけど。

 人を見た目で判断したらダメだ……。


 俺は腰の刀に手をかけた。

「名を、名乗れ」


「岩倉家、一の家臣、木下(きのした)遠二郎(とおじろう)

 下品な男は悪びれもせずに言い放った。


 こんな粗野な男が、あの岩倉家の一の家臣の訳がない。

 岩倉家の、家臣の家臣の、そのまた家臣の使い走りってところか。

 ――粗野なだけでなく、息をするように嘘をつく男だ。

 

「――何の用だ」

「お迎えに上がったのです。我が主が、織口和颯殿と面会がしたいと。

 是非とも岩倉城の近く、生駒家の屋敷へおいで下さい。

 織口和颯殿にとっても――損にはならないですぞ」


「断る!

 用事があるなら、そちらから訪ねてくるのが筋だろう。

 要件を話せ。

 なぜ俺を呼びつける?」


「――和平についてのご相談、といえばおいでくださいますかな?」


「……」


「このままいがみ合っていても双方が疲弊するばかりで、お互いのためになりません。

 ここはひとつ、協定を結び、争いをやめてはいかがですか?」


 和平、か……。

 これはチャンス! 渡りに船だ。

「――確かに、俺も常々、この不毛な戦はやめたいと――」

「おやめくださいっ!!」

 萌が鋭く遮った。


 萌にしては珍しく、冷たい口調で突き放すように言う。

「萌は、この男は嫌いです。

 こんな男の口車に、乗らないでくださいませ」


 ――うわぁ。はっきり言うなぁ……。

 確かに俺も、この男は好きになれそうもない。

 だけど、本当に戦をやめることができるなら――。


 遠二郎と名乗った男の口から、ひゅう、と下品な口笛の音がする。

「これはまた、めったにお目にかかれないほどの上玉じゃ。

 もしよかったら、お(ひい)さんも一緒に――」

「触らないでっ!」

 萌が悲鳴を上げ、俺は太刀を抜いた。

 

「おお、怖い怖い」

 遠二郎は大げさに肩をすくめる。

 目は舐めまわすように萌を見ている。



 ――くそっ、なんでよりによって今日、こんな男が訪ねてきたんだ。



 一益は胡蝶と一緒に三河に行ってしまったし、貞じいは道具の法要のため、朝から不在だ。


 俺は男を睨見つけた。

「――萌に、触るな」

「おお。名は、萌姫とおっしゃるのか。初々しくてみずみずしくて。まさにお(ひい)さんにぴったりの名だ」

 俺は、不用意に萌の名を口にしたことを猛烈に後悔する。


 遠二郎は萌をじろじろ見ている。

 卑しく笑いながら、歌うように口をひらいた。

「織口和颯殿が行かれないのであれば、あっしの今日の仕事はこれで終わりだ。

 ンならあっしはここに残り、日が暮れるまで、遠くからその美しいお姫さんを眺めつつ――」


 ――そんな事、させられるかっ!

 萌は、胡蝶が自分の命より大事にしている義妹だぞ!

 

「ふざけるな!

 そんなことはさせない!

 俺が行けばいいんだろう! 行けば!!」

 ――何でもいいから、とにかくこいつを、ここから追い出さないと。


「和颯兄さま、行かないでください!!」

 萌が、悲鳴に似た声を上げる。


「――大丈夫だ。すぐに戻る」

「おやめください!」


「――行くんですかな? 行かないんですかな?」

「行きませんっ!」

「――いや、行く」


「和颯兄さま、おやめください!!」

 すがりつくようにして止める萌を、そっと屋敷へ入るよう促す。


「大丈夫だ。すぐに、戻るから」


 狡猾な蛇が舌なめずりをするように、遠二郎の瞳が、細く光った。


「善は急げというがや。

 なら、すぐ出発じゃ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ