清州・数日後
俺の前で頭を下げる二人は、どこからどう見ても行商人の夫婦にしか見えなかった。
「しばらくの間、留守に致します」
「必ずや、良い報告をお持ちいたします」
顔を上げた胡蝶の顔は引き締まっていて、緊張と抱負に輝き、艶やかだった。
喉元まで出かかっている『行かないでほしい』という言葉を、砂の塊を飲み込むようにして飲み下す。
俺はかろうじて、短い言葉を絞り出した。
「胡蝶――無事に帰ってこい。
一益――胡蝶を頼んだ」
だけど、どれだけ言葉を尽くして語ることができたとしても、結局俺が伝えたいのは、この二言だけだ。
「「御意」」
二人ぴったりと息の合った礼と返答。俺の胸がジリジリと焦げつくようだ。
「胡蝶姉さまっ!」
事前の声掛けももなく、突然部屋の扉が開き、萌が駆け込んできた。手には手紙を握りしめている。
「萌っ……!」
胡蝶が目を見開き、小さな悲鳴を上げた。
胡蝶は『萌には別れの挨拶はしない』と言っていた。
『自分が出立した後に読めるよう、手紙を置いていく』と。
どういうわけか出発前に、萌への置手紙が見つかってしまったようだ。
萌が、胡蝶に詰め寄りまくしたてる。
「しばらく留守にされるとは、どういうことですかっ!?
どちらに行かれるのです!?
なぜ、萌に黙ってご出発されようとなさったのです!?」
萌がはっと表情を変え、上から下まで胡蝶の全身を眺めた。萌の声が震える。
「――それに……その……ご恰好は――……?」
「えっと――。その………。これは――」
しどろもどろになる胡蝶。すっと一益が割り込んだ。
「人目を避けた、お忍びでの、お出かけでございます。
治安も悪いので、目立つ格好はなさらないほうがいいだろうとの、ご判断でございます」
「ああ……」
萌は気まずそうに目を伏せた。
最近、治安が悪いのは、このあたりを治める織口家の力が弱まったため。つまりは、俺のせいだ。
萌は落ち着きを取り戻し、胡蝶に尋ねた。
「どちらへ、何のためにお出かけになるのですか?」
胡蝶が目を逸らして答えた。
「東へ――。和颯様の、戦勝祈願に……」
「東――?」
萌が納得したように頷いた。
「ああ、なるほど。
熱田、でございますね」
質問には答えず、一益が言う。
「数日か、数週間か――。
とにかく、しばらくはそちらに滞在する予定でございます」
胡蝶は、まだ少し顔を引きつらせつつ、それでも萌に向かってほほ笑んだ。
「わたくしが留守の間、和颯様の身の回りのお世話は萌に任せたいのだけれど――。
お願いできるかしら?」
萌ははっとした様子で俺を見た。
「わたくしが――和颯兄さまの――?」
俺は笑いかけた。
「萌、頼めるかい?」
萌はみるみるうちに顔をほころばせた。
「はいっ! お任せくださいませ!
萌は!
一生懸命やらせていただきます!」




