清州 和颯の屋敷
「あ~~~!
あぶないところだったぁぁぁ!!」
俺は鎧をきしませて部屋に入り、大の字に寝転がった。
「もうちょっとで――もうちょっとで――。
もうちょっとで、大惨事になるところだったっっ!!」
もう……。
最近、こんなんばっかりだ。
毎日が岩倉家との小競り合いで、こっちは綱渡りの連続。みんなには申し訳ないが、俺はもう、ちょっと疲れた。
このままじゃあ、俺たちは疲弊するばかりだ。何とかしないと。いつか破綻する。
でも、気持ちが焦るばかりで実際には何もできない。そんな余裕もない。
それがまた、もどかしく、いらだたしい。
――やっぱり俺が、家宝の剣を無くしたから……。
はるか昔に父上から手渡された、黒くずっしりと重い懐剣を思い出す。
「我らの祖先が、草薙の剣を守る神社・劔神社の神官だった事は知っているな。
これは我が祖先が故郷を離れ尾張に来る時に譲り受けた神剣。代々伝わる守り刀だ……」
何百年もずっと、あの剣が、織口家を災いから守っていたんだ。それなのに。
俺が、手放したから。
敗戦。侵略。死別。内戦。
神剣を失ってから、織口家には災難ばかりが振り注ぐ。
俺の……。
俺の、せいだ……。
「大惨事にならなくて、良うございました」
胡蝶が俺の隣で膝をつき、手早く俺の兜の紐をほどきはじめた。
胡蝶はもう、女の格好をしていた。
俺はそっと、胡蝶の手に触れる。
――ダメだ。もう疲れた、とか言ってる場合じゃない。
俺は――守るって決めたじゃないか。
織口家も、清須も、信勝も、信澄も、胡蝶も。きっと俺が、守りきってみせる。
――無くしたものを惜しんでも、仕方がない。
俺は無くした刀の事を、頭から締め出した。
胡蝶に向き直る。
「さっきは助かった。
胡蝶が萌を連れてきてくれたおかげで、なんとか頭数をそろえることができた」
岩倉軍からは、俺たちが大軍に見えたはずだ。
俺たちと岩倉軍は、ちょっと小競り合いをしただけで、互いに兵を引いた。
俺たちは、実は非戦闘員が多かったことを敵に悟られぬよう、夕闇に紛れて撤退した。
「お役に立つことができ、光栄でございます」
胡蝶がさらりと口にする。
「和颯様。
胡蝶は少し、外に出たいのですが。
外出許可を、いただけますでしょうか?」
外出?
わざわざ俺の許可なんて取る必要はないのに。
「もちろんいいとも。
好きなところへ行ってくるといい」
たちまち胡蝶の顔がほころんだ。
俺はその笑顔に吸い寄せられそうになる。
そういえば。
胡蝶の父・道三殿が亡くなって以来、彼女は少し沈みがちだ。胡蝶のこんなに生き生きとした顔を見るのは久しぶりかもしれない。俺は嬉しくなる。
胡蝶は輝くような瞳を俺に向けた。
「本当ですか!?
和颯様、撤回はなさらないと誓って下さいますか?」
うんうん。
胡蝶は、そんなに外出がしたかったのか。
確かに胡蝶は、屋内でじっとしているよりも、外で飛び回っている姿のほうがよく似合う。
こんなことなら、もっと早く気づいてやればよかった。
俺は大きく頷いた。
「もちろんだ。男に二言はない。
ところで胡蝶は、どこへ行きたいんだ?」
熱田か? 津島か?
それともいつか、二人で海を見たあの山か?
なんなら、俺も一緒に――
胡蝶はにっこりとほほ笑んだ。
「東の敵国・三河でございます」
――はああっ!?




