5時間後・正眼寺の藪
「みんな、帰るぞ。撤収だ!
作業はここまで! 全員、荷物をまとめろ!!」
大声で叫んでも、皆の動きは鈍い。
「まだまだ日はありますよ」
「ダメだ。もう撤収だと言っているだろう」
「もうちょっと、ほんのもうちょっとだけ。ね、いいでしょう? 和颯様!」
「この前、岩倉に放火されて、家が焼けたんです。家を直す資材が必要なんですって」
「織口家の力が弱まっているから、我々も資材集めには苦労しているんですよ」
「よその村との争いになったら、勢いの弱いこっちが負けますからね」
――うぐっ。
ごめん、みんな。苦労をかけて……。
「だけど!
それとこれとは別の話なんだ。
早く撤収しないと――」
「和颯さまっ!
大変です!!
北東から敵が来ます!」
ほらぁ――っ!!
「早く逃げるぞ! 急げ!」
たちまち目の前が、大混乱に陥る。
「あああ~! ちょっと待ってください!」
「ダメです! 間に合いません!」
「和颯様、敵をご覧ください!」
「大変です!
ものすごい大軍です!」
「あの数はおそらく――3,000人!!」
――なんですとぉぉっ!!?
ぎゃああ~~っ!
どうするんだ!
敵はものすごい速さでこっちに向かってくる。
「急げ! 逃げるぞ!」
「あ~! 待ってください!」
みんな、一抱えでも多くの柴を持ち帰ろうと大騒ぎだ。
「そんなのは良いから。
抱えきれない荷物は置いて――」
「なりません!」
一喝したのは貞じいだった。
「敵は既に目の前に迫っています。
騎馬の兵士も多く、今から大急ぎで逃げても、すぐに追いつかれてしまいます。
戦いでは、逃げる側より追う側の方が圧倒的に有利。
しかも、我々に武器はなく、荷物が多い。女子供も大勢います。
今、敵に背を向けて逃げてはいけません。
大惨事になります」
「だけどっ!」
「幸い、我々がいるのは寺のある高台。
地の利は我々にあります。
我々から敵方はよく見えますが、敵方から我々はよく見えません」
「皆、今刈った竹の先を斜めに切って、竹槍を作れ!」
一益が叫んだ。
「こちらも大軍だと思わせるんだ!
そうすれば、敵もうかつに手を出せねぇ!
竹槍は、右手と左手で一本づつ持つんだぞ!
人数を水増して見せる作戦だ!
女と子供も参加しろ。ただし、ポジションは最後尾!
女子供であることは絶対にバレるな!」
一益は俺の耳元で声を潜めた。
「和颯――。お前は近くの村へ走れ。
誰でもいいから、連れてこい。
とにかく人数をそろえるぞ!」
「分かった」
俺は頷き、馬に跨った。
そうだ、胡蝶。
先に胡蝶を逃がさないと――。
俺は周りを見回して、胡蝶を探そうと――。
胡蝶はもう、ここにはいなかった。
俺は目を凝らす。
はるかかなたに、清州の方角へと疾走していく馬が一騎、見えた。




