〜陽の巻〜 清須・和颯の書斎
「和颯兄さま。
萌でございます」
軽やかな声。
俺の隣で黙って座っていた胡蝶が、顔を上げた。
俺は読んでいた手紙をくるくると巻き、目の前に置いた。そこには、手紙の山ができている。
「ああ、萌。
呼び出して悪い。
入っておいで」
「はいっ!」
扉が開き、眩しそうな笑顔の萌が顔を出した。
続いて蔦が、華やかな笑みを浮かべて入室したが、俺の脇にいる胡蝶を見るとみるみるうちに顔を強張らせた。
蔦は笑顔を引きつらせたまま、扉の脇に横向きに正座した。胡蝶の方を、見ようともしない。
萌は屈託なく俺の前に座り、俺と胡蝶に笑いかけた。
「和颯兄さまから、萌にお話があると伺いました」
俺は頷いた。
「うん、胡蝶も萌も。
これを――見てほしい」
俺は手紙の山を指さした。
「これは………?」
胡蝶が待ってましたとばかりに、山の中から、さっと1通を手に取った。素早く開き、ざっと目を通す。表情も変えず、すぐ2通目に手を伸ばす。
萌がおずおずと俺を見た。俺が頷いたので、萌も1通を手に取った。丁寧に開く。蔦がにじり寄り、後ろからのぞき込んだ。
この手紙は、差出人が違うだけで内容はほとんど同じだ。
前半に書かれているのは萌の顔立ちの美しさや、立ち振る舞い、気立ての良さを褒める内容。続いて自分の息子の性格の良さと、武勇について。彼がいかに将来有望かが書き連ねてある。
そして最後に、自分の息子と萌の縁談をまとめてはどうか、との打診が続いて結んである。
これはまぁ、つまり、この手紙の山は全て、萌への求婚の手紙、というわけだ。
萌は美人だ。どのくらい美人かというと、この辺りで知らない者はいないレベルの美人だ。
肌は白くて滑らかだし、体つきはふっくらとしていて、目は細く切れ長で、髪も艶やか。
年齢も14歳。そろそろ結婚適齢期だ。縁組を求める手紙は、連日のように届いている。
「どう思う?」
萌が口を開く前に、胡蝶が言葉を被せてきた。
「ありえません」
胡蝶が手にしているのは、わりときちんとした家柄の息子との縁談だ。
「全く萌にふさわしくありません。
この男にはすでに側室がいて、子供まで産まれているとか。
そのような家に嫁いでは、萌が苦労します」
かなり有望だと思っていた縁談をバッサリと却下され、俺はたじろいだ。
「……そ、そうか……。
じゃあ、こっちなんて――」
俺が言い終わる前に、胡蝶が口を開く。
「とんでもありません。
本人はそう悪くありませんが、その家は姑が性悪です。どのような娘が嫁いでもいびり倒すに決まっています」
……さすがはくのいち。
他家の情報にも詳しいな。
「でも、コレは……」
「その男はダメです。
戦では勇猛果敢ですが、酒癖が悪いとの噂があります」
「………厳しいな」
胡蝶は、キッと顔を上げた。
「他でもない、萌が、嫁ぐのです。
萌にふさわしい、完璧な、最高の縁組をまとめなければなりません」
胡蝶の気迫に押し負けそうだ。
「おぅ……」
そ………そうだよな……。
俺は萌を見た。
「萌は……?
萌は、どう思う?
気になる縁談はあるか?」
萌は困惑したように俺を見た。
「萌は……。
萌は、お嫁になど行きたくありません」
――おおっと。そう来たか。
俺は心の中で、軽くのけぞった。
これは想定外だぞ。




