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俺の妻は忍(しのび)ですか?  ―― そして、次に殺される男は俺ですかっ!?  作者: ひの
20、稲生

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~織口 信勝~ 3

「信勝さま……」

 胡蝶義姉さまが涙の溜まった瞳でオレを見上げた。

 俺はありったけの理性を総動員して、微笑み返した。 


「胡蝶義姉さまにしかできないことがあるでしょう?

 胡蝶義姉様が隠しても、兄上を見ていれば分かります。

 私は、兄と血を分けた、弟ですから。

 誰が、何と言おうと。

 兄上には、胡蝶義姉さまが必要です。

 だれか他の人が言ったことなど、気になさらなくていいのです。

 胡蝶義姉さまには、胡蝶義姉さまにしかできないことをなさってください。

 それで――充分です」


 胡蝶義姉さまがつぶやいた。

「――わたくしが、できること……」


「ええ、そうです。

 胡蝶義姉さまにしかできないことです。

 あるでしょう――?」

 ただ、そこにいらっしゃるだけでいいのです。

 兄上のそばに、いてあげてください。

 ただ、欲を言えば――ごくたまにでもいい。兄上に、微笑みかけてあげてください。


 胡蝶義姉さまは、もう一度俯いた。

「あり……、ます……」


 ……よかった。

 オレは頷いた。


「胡蝶義姉さま。

 私は当主としての力を失った。

 これからは、兄上が織口家の当主です。


 織口家は今、窮地に立たされています。

 我々は、内戦で力を失いました。

 外敵は今がチャンスと狙っています。

 北からは美濃と岩倉家。西からは今川家。


 兄上は、それに立ち向かわなくてはならない。

 

 どうか、胡蝶義姉様が。――兄上を支えて差し上げてください」


 胡蝶義姉さま。

 兄上の、最愛の人。

 どうか。わたくしの兄上を――。

 支え、見守ってください。



 胡蝶義姉さまが顔を上げた。

 先ほどまでとは、姿勢も、表情も、醸し出す雰囲気も、何もかもが違う。


 ああ。蛹から、蝶が羽化する瞬間も、このように眩しく尊く、美しいのだろうか。


「ええ、そういたします」

 傷つき、震え、涙を流し。

 それでもしなやかに微笑んでみせるその姿に、オレの胸が鋭い痛みを訴える。


「たった今、自分の、進むべき道が見えた気がいたします。

 信勝様。ありがとうございます。

 信勝様は――胡蝶の、恩人でございます」



 ――うん。これでいいんだ。


 オレも微笑みを浮かべ、前を向く。

 疼くような胸の痛みに気づかないふりをしながら、オレはひとり、屋敷へ戻った。

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