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俺の妻は忍(しのび)ですか?  ―― そして、次に殺される男は俺ですかっ!?  作者: ひの
20、稲生

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~織口 信勝~ 2

 オレは胡蝶義姉さまを見た。

「二人で兄上のところに戻りましょう。

 さっきの母上は、さすがにやりすぎだ。

 兄上から母上に、お灸をすえてもらったほうがいい」

 母上にはもう少し、現実を見つめていただかなくては。 

 ――もう、父上はいないのだ。

 なにもかも、昔とは違う。


「いえ――」

 遠慮がちに、だがしっかりと、オレの袖が引かれ、引き止められた。

「できれば、和颯様には――黙っていてください」

 何をおっしゃるのですか!?


「胡蝶義姉さま!

 あんなことを言われて、黙っておくおつもりですか!?」


 胡蝶義姉さまは俯いた。

「――本当のこと、ですから」


 小柄な胡蝶義姉さまが、ますます小さく淡く、消えてしまいそうに見えた。



 まさか――。

 

「胡蝶義姉さま!

 母上に罵倒されるのは、これが初めてではないのではないですか!?」


 胡蝶義姉さまは目を逸らした。

 だがその目は、それが真実であることと、胡蝶義姉さまがそのことにより、酷く傷ついていることをはっきりと物語っていた。


「どうして――。

 どうしてわたくしに教えてくださらなかったのです!?」


 儚く消えてしまいそうな声。

「――どれも、事実ですから……」


 ――ああ、もう!


 オレはバカだ。

 兄さんの歓心を、1人で独占しておきながら、未だ子供の授からない胡蝶義姉さまに、母上がきつい言葉を投げかけそうなことくらい、少し考えれば分かるじゃないか。

 ずっと母上と一緒にいながら。

 どうして今まで気づかなかったんだ。


 胡蝶義姉さまは目を伏せ、目の前の地面を見つめている。蒼い顔からは、表情が失われていた。

 と、何の前触れもなく、その漆黒の瞳から、はらはらと涙が零れ落ちた。頬を伝った涙が地面を濡らしても、胡蝶義姉さまは微動だにしなかった。見開かれた瞳には、きっと何も映っていない。

 身を切られるほどに辛い想いをしながら、それでも胡蝶義姉さまが黙って耐えるのは、他でもない兄上のためなのだと、オレにも分かる。

 

 ――胡蝶義姉さま……

 そんなにも兄上の事を――。



「――泣かないでください……」

 ――胡蝶義姉さまが悲しむと、わたしまで悲しくなってしまう。


 オレは、手拭いを手に取り、丁寧にたたみ直した。手ぬぐいの、一番清らかな部分を表に出す。

 これ以上できないというくらい慎重に、胡蝶義姉さまの頬を濡らす涙を拭いた。


 胡蝶義姉さまは、はっと我に返った様子で、さっと涙をぬぐった。

「すみません――お見苦しい所を……」

 見苦しい? とんでもない。


「ちっとも見苦しくなどはありません。

 わたくしは兄上に――腹が立つ」


 兄上は、バカだ。

 本当に、バカだ。

 オレが兄上だったら――。

 絶対に、絶対に、絶対に。胡蝶義姉さまを泣かせたりはしないのに。


 胡蝶義姉さまは、こちらを見た。

「……わたくしが悲しいのは、和颯様のせいではありません」


「いいえ。兄上が――」

「違います。

 ……何もできない、自分が不甲斐ないのです」


「胡蝶義姉さま、そんなことをおっしゃらないでください」


「ですが、これも事実です。

 わたくしは本当に何もできなくて――」

 

「それはちがいます。

 兄上にとって胡蝶義姉さまが大切な存在であることは間違いありません。

 弟の私が、保証します」


 昔の兄上をご存じないから、気付いていらっしゃらないのでしょう。

 いつも胡蝶義姉さまが隣にいるから。

 あの兄上が、こんなにも必死になって――。

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