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俺の妻は忍(しのび)ですか?  ―― そして、次に殺される男は俺ですかっ!?  作者: ひの
20、稲生

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~陰の巻~ 数日後 清州・和颯の屋敷

「お願いです。お前と血を分けた弟を、どうか許してやってください」

 墨染の衣を着た土田御前(和颯の母上)が、深々と頭を下げた。


 和颯が座敷の上座に座り、一益と胡蝶は和颯の後ろに控えている。


 稲生の合戦は、1700人の信勝軍を前に、700人の和颯軍が勝利を収めるという結果に終わった。

 敵の首は500近くもあったという。敵兵の、3人に1人が殺されたという計算だ。

 和颯の部下も数百人単位で戦死していて、織口家の兵力は激減。

 外敵と戦う前に、織口家は内部崩壊してしまいそうだ。


「これからは兄上に従います。どうか、お許し下さい」

 信勝が蒼い顔で頭を下げる。

 信勝の後ろで、柴田勝家と林秀貞も頭を下げた。


 和颯様の目は虚ろだ。

 黒い着物を着て頭を下げる4人を、ぼんやりと見下ろしている。



 和颯様がつぶやいた。

「…………俺は、出家する――」


 はぁーっ?

 胡鳥は、まじまじと和颯様の顔を見た。


「出家して――。

 道具の菩提を弔う。

 道具はずっと俺に仕えてくれていたのに……。

 俺が……。俺が、殺したんだ――」

 

 和颯様はおろおろと目線を泳がせ、貞じいを見た。


「ごめん、貞じい。

 俺が――俺が、道具を殺したんだ。

 貞じいの、弟だって、知ってたのに――。


 貞じい――。

 弟を殺した俺を――恨んでいるよな?


 俺は――貞じいにだったら殺されてもいい。

 俺はもう――。生きていくのが辛いんだ。

 むしろこの場で、俺を殺してくれ……」

 

 貞じいは唖然としている。


「はああああ~~~っ!?」

 信勝が立ち上がった。

 ずかずかと和様に歩み寄り、襟元をつかみ上げた。


「何言ってんだよ!

 ふざけんなクソ兄貴っ!」


 そのまま床に投げ捨てるように、和颯の襟を離す。


「兄さんが仕掛けた戦だろっ!

 オレのやり方が気に入らなくて、自分のやり方を押し通したくて、それで!

 挑発して! 戦って! 勝ったんだろ!?


 出家するだぁ!? ふざけんな!!


 尾張を侵略しようとしている今川家も!

 兄さんが道三の救援に行ったせいで最悪になった美濃との関係も!

 内戦で崩壊しかかっている織口家も!


 全部俺に押し付けるつもりか!?」


 信勝は再び和颯の襟元をねじりあげ、限界まで顔を近づけた。

 重く凄みのある声で恫喝するように言い放つ。


「こっちは! 兄貴に!

 ボロボロに負けてんだよ!

 今からどの面下げて織口家当主を張れって言うんだ。

 誰も従わないだろうがっ!


 しっかりしろ!

 てめぇで責任とれよ。クソ兄貴」


 再び、和颯様の体を床に投げつけるようにして手を離す。

 和颯はされるがままになっていた。



 ……沈黙。



「和颯様……」

 顔を上げたのは、貞じいだった。

 声が上ずっている。


「発言しても――よろしいでしょうか……」

 和颯様は力なく頷いた。


「七月の、雨の降った日。

 和颯様は那古野にいらっしゃいました。

 憶えて、いらっしゃいますね?」


 和颯様はわずかに首を縦に振る。


 貞じいは、少し逡巡して、一息に言い放った。

「あの日、我々は――和颯様を暗殺する予定でございましたっ!」


「何だとっ!」

 和颯様の後ろに控えていた一益が反応した。

 胡鳥も、驚いた。


 暗殺未遂!?

 全くノーマークだった。

 不甲斐ない。忍が二人もついてながら――!


 あぶない、ところだった……。

 胡鳥と一益は、顔を見合わせる。



「結果的に、和颯様を殺害することはできませんでしたが。

 道具は――。恐れ多くも、何代にもわたってお仕えしてきた織口家の主であられます、和颯様を暗殺するつもりだったのです。

 なので。

 確かに和颯様は戦場で道具を殺害されましたが。

 先に卑怯な手段で主従の絆を壊そうとしたのは、我々兄弟です。

 ですから――。和颯様が罪の意識を感じる必要はございません」


「――……貞、じい………」


「むしろ、この秀貞を、裏切りの罪で処罰してくださいませ。

 さあ、切腹をお命じください。

 わたくしは、見事に腹を切ってごらんに入れましょう」


 和颯様は下を向いた。

 湿った声が絞り出される。


「――いや……。

 いい……。

 切腹はするな。

 死ぬな。

 もう、誰も、死ぬな……」


 堪えきれなくなった嗚咽が漏れる。


「貞じい。

 俺には、貞じいが必要だ。

 頼む――。

 これからも……。

 

 できれば――。

 今まで通り――。

 ――俺に……仕えてほしい……」



 とても小さな、声が聞こえた。その声はとても小さく、胡鳥の耳でもかすかに捉えることができただけだった。

 悲鳴に似たその声は、間違いなく貞じいの喉から漏れていた。


 貞じいの目は真っ赤だった。

 目からはぼたぼたと涙が垂れていた。



 貞じいは床に両手をついた。


「和颯様――。

 これからは、たとえ何があろうとも――。

 この秀貞は、死ぬまで。

 和颯様のために、全力を尽くすと誓います――」

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