~森 可成~ 逆転
和颯様は、満面の笑みを浮かべ、馬に乗った武将から目を離した。
そのまま目線を下にずらし、たちまち表情を変えた。
粗末な着物を着て、光る刀を振り上げている男を睨みつける。あの着物は、緊急招集された百姓に違いない。
「作四郎! お前の持っている刀は、俺がこっそり倉から出して渡してやったやつだよなぁ!?
その刀で、俺を切ろうっていうのか!?
本気じゃないよなぁ!?」
作四郎はたじろいだ。
「……え。いや、その――……。これは――」
俺は、作四郎の隣で立ち尽くす男を見る。
「甚一っ! お前の息子が本家の柿の実を勝手に取って、殺されそうになった時、一緒に謝ってやっただろう!
それでも俺を殺すのか!?
俺が死んだら、呪って出るぞ!」
「えっ……!」
甚一は青くなり、そっと刀を背中に隠した。
和颯様は胸を張り、全員を見回した。
「皆! 聞け!
ここで俺が負ければ、織田家は今川家の犬になる!
今川家は、属国の民を大切に扱わない!
いいか?
お前たちが、今川家のために、命を落とすことになるんだぞ!?
いいのか!? 本当に!?
本当に、それでいいのか!?
悲惨な目に合うのは、お前たちだけじゃない。
お前たちの息子や、娘や、孫やその子供も、悲惨なことになるんだぞ!!
変えるなら――今しかないんだ!」
力強く言い切り、最高の笑顔を見せた。
「俺は――。
お前たちなら、できる、と信じている!」
はっ、と百姓たちが目を上げた。
和颯様はそのひとりひとりの目を見つめ、うんうんと頷いた。
「今ならまだ間に合う。
さあ――立ち去れ!!」
じわり、と百姓たちが反応した。
「いや、ちょっと待て! 立ち去るな!」
焦った様子の武将が、百姓たちを振り向いた。
「今はこちらが優勢だ! 和颯殿の口車に乗ってはいけない!」
「いや……でも……」
百姓たちは目を見合わせた。
たちまち鬼のような形相になった和颯殿が叫んだ。
「さあ、どうするんだ!?
決めるのは今だぞ!」
和颯殿は長い槍をぐるぐると振り回し、黒龍を後ろ脚で立たせた。
すごい気迫だ。
背中側にいる俺たちにまで、ビリビリとした圧が伝わってくる。
敵の武将がひるみ、馬が半歩、後退した。
次の瞬間、和颯殿が仏のような笑顔を見せ、全員を見回した。
「いいか? 思い出せ。
今まで俺が、一度でも、お前たちを裏切ったことがあったか?
俺を信じろ。
これはお前たちと、お前たちの子供と孫と、尾張のみんなのためなんだ。
もう一度だけ言う。
これが最後のチャンスだぞ。
ここで、俺と戦うな。今なら間に合う。
さあ――逃げろ!」
「わ、わああああああ~~~~」
1,000人いた百姓たちは、総崩れになり、一斉に後ろを向いて逃げ出した。
――すっ……すげぇ……。
何かよくわかんないけど、1,000人の柴田軍を追っ払った。
佐久間大学がぬかるみに落ちた刀を拾い、犬六に手渡している。
頬の泥を拭いてやり、肩を抱き、声をかけ、背中をたたいた。
犬六は笑顔になり、力強く頷いた。
和颯様は馬の首を巡らせ、俺たちに向かって言った。
晴れ晴れとした笑顔だった。
「皆、よく頑張ったな!
怪我はないか?
今、お前たちが撃退したのは、織口家一の名将・柴田勝家の率いる1000人の軍隊だ!
すごいぞ!
俺たちは最強だ!
皆、自信を持て!
実はまだ、南側から敵が来る。
二回も連続で戦うのは厳しいということは分かっているが、俺は、お前たちなら撃退できると信じているぞ。
次は700人! 大将は林道具だ!
さっきの戦闘で十分な成果を上げられなかった者は、二度目のチャンスで頑張るといい。
皆の頑張りは、しっかり見ているからな!
次も頑張ろう!!
さあ行くぞ! 出陣だ――っ!」
「「「応!!」」」
不思議なことに、さっきまで感じていた疲れも、しびれも、痛みも、恐れも、嘘のように引いていた。
俺たちは南に向かい、勢いよく駆けだした。




