~柴田 勝家~ 稲生村から1kmの場所・昼の12時過ぎ
2時間ほど、黙々と馬を歩かせている。
後ろに続くのは、急いで集められた1,000人。
みな、足元は泥だらけだ。それでも毎日畑仕事をしているし、普段から歩くのには慣れている。2時間歩いたくらいでは疲れ切ったりはしない。
あとほんの1kmちょっとで稲生村だ。
勝家は顔を上げ、おや、と眉を寄せた。
前方から、誰か、来る。
走っている。
こちらへ向かってくるようだ。
1人や2人ではない。
10人や、20人でもないようだ。
むむ?
これは――。
数百人規模の――。
まさか。
勝家は振り返り、大声を上げた。
「敵襲!
前方より敵襲!
応戦せよ!!
槍を持った者は前へ!
隊列を崩すな!!」
むむ。これは……。
……どういうことだ?
今は昼過ぎだぞ!?
合戦が始まるのは朝から、と相場が決まっている。
勝家軍はまだ目的地にも到着していないし、防御態勢も整っていない。
それはまあ、戦だから仕方がない。
不意打ちというのはそういうものだ。
だがここは、和颯が作ったという砦からも離れている。
――せっかく作った砦が、まるで活かせていない。
和颯の部下たちは、細い道をほぼ一列になって、ばらばらに走ってくる。
――そんな事をしたら、ひとりずつ確実に殺されてしまう。
………。
あ〜、もしかして………。
……罠…………?
自分が和颯殿なら、どこかに伏兵を潜ませておく。敵が目の前の相手に集中している間に、側面か背後から襲いかかって――。
……。
……というわけでもなさそうだ。
どれだけ当たりの様子に気を配っても、伏兵がいる気配はない。というか、このあたりには、兵を潜ませる場所がない。
和颯殿――っ!!
――いったい何がしたいんだ――っ!!?
行動が、支離滅裂。
勝家が率いるのは1,000人だが、和颯の部下も700人。それなりだ。
しかも和颯の部下は、みなよく訓練されていて屈強そうだ。
全員に戦う気持ちが満ちているのも認めるが――。
作戦とか、陣形とか、効率とか、そういうものが全く感じられない。
えっと……。
まるで、負ける気がしないんだが?
勝家は、腰に帯びた大ぶりの剣を抜いた。
悠々と馬を進め、1,000人の前、道の真ん中に陣取った。
後ろでは、勝家の部下達が忙しく動き回り、武器を持った百姓たちの陣形を整えつつ、細かい指示を出して防御と攻撃方法の最終確認をしている。
敵兵は、もう声が届くほどの近くにいる。
「やあやあやあ、我こそは織口信勝様の第一の家臣、柴田勝家。
その武勇は誉れ高く、北は美濃、西は駿河の端まで知れ渡っている。
織口信秀様ご存命の折には、小豆坂の合戦で幾多の敵を蹴散らし、この大剣を賜った。
この勝家の餌食になりたくなければ――」
勝家は、ぶんっ、と大剣をふるった。
先頭を走ってきた敵兵が3人、血しぶきを上げて倒れた。
勝家は、すっ、と大剣を持ち上げ、剣の先で指し示すようにしながら、敵兵の一人一人を見回す。
「今この場で立ち去るがいい」
自軍の兵士たちが「わあーっ!」と歓声を上げた。
一瞬だけ、ほんの少しひるむような空気が敵軍を覆った。
「そんなの関係ねぇっ!」
命知らずのごろつき、を絵にかいたような男が一人、槍を掲げて勝家に挑みかかった。
「わあっ!」という掛け声とともに、700人が一斉にこちらへ向かってくる。躊躇する者はいない。
「柴田勝家! 覚悟っ!」
小柄な男が正面から挑みかかってきた。
いい目を、している。
勝家は大剣を薙いだ。
殺すのは惜しいな。そう思った時にはもう、彼は屍になっていた。
背後でキン、という音がして兵士たちが戦い始めた。
武器の扱いに関しては、和颯の兵士が圧倒的に上手い。
だが、勝家軍の兵士たちも、百姓だ。力なら、ある。
人数が多く陣形を整えた勝家軍が、優勢だ。
だが、和颯軍の兵士には覇気がある。
前線が入り乱れ、敵味方がもみ合い、多くの血が流れた。




