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俺の妻は忍(しのび)ですか?  ―― そして、次に殺される男は俺ですかっ!?  作者: ひの
20、稲生

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254/341

~陽の巻~ 門の前

 馬に乗り、屋敷の庭を横切る。

 兵士たちの半分以上はすでに稲生村に築いた砦で待機している。

 屋敷の外で俺を待つ兵士は、100名ほどだった。


 

 門の前にはいつもの通り、胡蝶がひとり、立っていた。

 胡蝶は俺を見ると、表情を変えずに頭を下げた。美しい所作。

 ――これが、見納めになるかもしれない。


 俺は、馬を降りた。


 胡蝶が、表情を変えずに俺を見た。

「胡蝶――」


 俺は両手で胡蝶の躰を抱き寄せた。

 俺の手には矢傷を防ぐための手袋がかぶされていて、胸元は分厚い甲冑でおおわれている。こんなに近くにいるのに、決して触れることのできないその隔たりがもどかしい。

 俺は俯いた。いかつい兜が邪魔で、髪に頬を寄せることすらできない。


 胡蝶は泣くことも笑うことも抗うこともなく、黙って、俺に引き寄せられるがままになっている。


「胡蝶――」

「……聞こえて、おります」

 胡蝶は俺の胸元を見つめたまま言った。


「――俺は……。

 本家に戦を仕掛けようとしている」

「はい」


「戦力差は……圧倒的だ」

「存じ上げております」


「俺は――負けるかもしれない」

 胡蝶が、さっと顔を上げた。


「和颯様。

 今、この場で。

 胡蝶に、お命じくださいませ。


 柴田軍は現在、稲生村に向かって進軍中。

 今夜は村の近くで野営をし、明日の朝、夜明けとともに攻撃を開始するつもりに違いありません。


 胡蝶は、たった今から少年に化けて敵兵に紛れこみます。

 夜になったら、闇に紛れて本陣へ忍び込み、大将・柴田勝家の首を狙ってまいります。

 たとえこの命に代えても必ずや――」

「必要ないっ!」

 つい、大声が出た。

 胡蝶が口を閉じ、悲しそうに目を伏せた。


「――………出過ぎた真似を、致しました……」


「いや、いい。

 そんなことはするな。


 ただ――。

 胡蝶は俺の正妻で、俺の唯一の家族だ。

 俺が負けたら――胡蝶も、殺されるかもしれない。

 ……それは、嫌だ………。

 俺は――……。俺が――……。

 たとえ、俺が死んだとしても――」

 俺は、言葉を切った。

 

 あふれ出る想いを、何とかありきたりな言葉の中に押し込める。

「俺は――。……死んでも……。妻を守りきれなかった汚名とともに、あの世へ行くのは嫌だ。

 だから……。だから、胡蝶には逃げ延びてほしい。

 ――胡蝶、死ぬな。……それが、命令だ」


 胡蝶は、大きな漆黒の瞳で俺を見た。


「御意。

 たとえこの屋敷が敵に囲まれたとしても。敵の目を欺き、萌と自分の身を守り、必ず逃げ切ってご覧に入れます。

 和颯様がいらっしゃらなくても、この先ずっと、萌と2人で生き抜いていくための、知恵と技術もございます。

 この度の戦でたとえ何が起ころうとも、和颯様のお名前を汚すことは致しません――その点はどうぞ、ご心配なきよう」


「そうか」

 ――なら、いいんだ。


「――行ってくる」

 俺はもう一度胡蝶を見つめ、馬にまたがった。

 知らなかなった。どうしようもなく切ないとき、胸は本当に痛くなるんだな。


 俺の胸が痛む。

 俺は死ぬかもしれない。

 また、目の前で多くの仲間を失う。

 たとえ戦死しなかったとしても、信勝との関係はもう決して、今までと同じ場所には戻らない。


 それでも。

 それでも、ここで引き下がったら、俺はきっと、もっと後悔する。

 そんなのは、嫌だ。

 これは、俺の意思だ。

 これが俺の出した結論で、俺の望みだ。

 だから、行く。

 


「――ご武運を」

 火鳥が頭を下げた。


 俺は胸の奥の一部を引きちぎられるようにしながら、屋敷を後にした。


・-・-・-・-


挿絵(By みてみん)

↑ 地図です。簡単にですが。書き直しました。

 三つの矢印の先が稲生村です。


 徒歩で移動した場合、

 清州からだと1時間強。(途中、川あり)

 末森からだと2時間強

 清州からだと1時間弱です。



※ この時代の戦は、早朝に開始することが多い。

 当時は明かりが乏しく、日が沈むと、とぉ~~~~っても暗くなるため、夜間の行動は困難。

 武士も百姓も「日が昇る前に起き、日が沈んだら眠る」のが基本だったそうです。

 (明かりがない状態のとき、空は日の出前から明るくなり、人間も行動できるようになります)


 合戦の時は、前日までに両軍ともに現地入りしてスタンバイしておいて、

 夜明け、または日の出直後から合戦を開始。日が沈むまでに終わらせる。

 これが基本形だったようです。

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