六、
『続いて、次のニュースです』
なんとなしにつけていたテレビから、東京の壊滅についてのニュースが報道されていた。
被害があったのは、月華学園周辺を含む、東京の都心沿岸部を中心とした地域。上空からの映像を見る限り、内陸側の土御門邸がある下町の方は大きな被害を受けていないが、どうやら、それも時間の問題のようだ。
だが、今の護にとって、そんなことは重要なことではなかった。
負けた。
その事実がいつまでも頭から離れない。
「……継げるのかよ、こんなので……」
土御門家を、当主の座を。
もちろん、次期当主に敗北が許されないというわけではない。
だが、護の目標はあくまでも、歴代最強とうたわれる陰陽師、安倍晴明だ。護と同じ年代だった頃の彼の実力がどの程度だったのかはわからない。
しかし、史実に残されている実力を上回るつもりなら、今の段階でそこまで追いついていなければならない。
――友護さんに打ってもらった剣を使っても、ダメだった……いや、そもそも、まだ
俺は、自分の炎を御しきれていない。
何が要因なのかはわからない。しかし、まだ、この魂の最奥に眠る炎は自分に馴染みきれていない。心のどこかで、それは感じ取っていた。
そして同時に、この炎が完全に馴染んだとき、この身は、人間ではなくなってしまうということも。
――人としての生を捨て、半妖として生きるか。それとも、あくまでも人として生きるか、か……
前者ならば、おそらく九尾に、そしてあとに控えている妖たちと五分で渡り合えるだろう。だが、おそらくそうなってしまえば、永劫に近い時を生きることになる。月美を、置いていってしまうことになる。
だが、後者を選べば、人間のまま、この生を終えることができる。その代償として、月美はおろか、ほかの大切な人を守ることもできないかもしれないが。
――選ばなければ、ならない、か……
人としての一生か、半妖としての一生かを。
護は、九尾との敗北を通じて、最善の選択が見えない問題に直面させられることになった。
九尾と対峙した四人が退院するまで、数日という時間を有した。
その間、日本は一部の場所を除き、そのほとんどが妖に占拠されてしまった。いや、妖だけならば、まだここから共存していくこともできる。それだけのことを、陰陽寮は計画していた。
だが、占拠しているのは、妖だけではなかった。
街の様子を偵察していた陰陽寮の職員からの報告によると、洋の東西を問わず、様々な妖以外に、記録にはない異形が存在していた、とのことだ。
その特徴は、半魚人に似ているが、あの類の妖ではない。
目撃した職員や一般人の話によれば、その姿を一目見た瞬間、魂を削られるような、言い知れない恐怖に近い感覚を覚えたという。
そして、それらの異形の他に、深々とフードをかぶり、顔を隠した人間もいた。それだけならば、街から逃げ遅れた人間とも考えられたが、その手には持った鎖の先には、一糸まとわぬ姿の女性が何人もつながれていたという。
その人間を追跡すると、その先には、例の半魚人に類似した異形が集まる建物があったという。その中で何が行われているのか、それは想像したくもなかった。
話を聞いていた護たちは、苦々しげに顔を歪めた。
特に護は、その建物で何が行われているのか、容易に想像ができた。
春先に見た夢。その中で、魚面の異形が行っていたこと。そして、その先にあるものが、おそらく、その建物で行われているのだろう。
「……明美、無事だといいんだけど……」
ぽつりと、月美がつぶやいた。
それが耳に入り、護は再び顔をしかめた。
月華学園の屋上に待機させたままで、彼女がどうなったのか、今の自分たちにはわからない。それに、廊下で別れたまま、連絡が取れていない清も無事でいるかどうか、わからない。
今はとにかく、二人の無事を祈るしかなかった。
「……月華学園の生徒は、全員無事だ。勘解由小路さんの甥っ子と君たちの友達と言っていた女の子が避難誘導してくれたおかげでね」
職員のその言葉を聞き、二人はほっとため息をついた。
その様子を見て、職員は微笑み、話を続けた。
「今は、ここの避難所に来ている。君たちの居場所も教えてあるから、たぶん、お見舞いに来ると思う」
「怒られそうですね。俺ら」
「そうかもな」
職員と護は微笑を浮かべながら、そんなやりとりをしていた。
だが、職員はすぐに真面目な顔つきになり、話を再開した。
「陰陽寮は今後、避難所の守備強化と妖と異形の関係の調査、および戦力強化を方針として行動することになった」
君たちに与えられるのは、戦力強化のための任務だ。
そこまで言うと、職員は立ち上がり、お大事に、と言って病室をあとにした。
しばらくのあいだ、四人は静寂に包まれた。
今後、自分たちがなすべきこと。そして、選ぶべきこと。
静寂の中で、それぞれに考えなければならないことが、頭の中で渦巻いていた。
その翌日。護たちは退院し、準備体操代わりの模擬戦を行っていた。
護と勇樹のぶつかり合いは、以前から激しいものだったが、今回の模擬戦はいつも以上に激しいものだった。
どうやら、この二人は先日の先頭で敗北したことがひどく答えていたようだ。いや、勇樹はともかく、護の方は、それ以外の感情を抱いているようだ。何か、焦りのようなものを感じている。
長いあいだ、隣にいた月美だから、感じ取れたものだった。
護と勇樹が互いの技をぶつけ合い、そこから生まれた衝撃波によって二人がはるか後方の壁にむかって吹き飛ばされる。が、勇樹は受身を取り、護は空中で器用に体をひねり、壁に着地したので、背中を強く打ち付けることはなく、もう一度二人は距離を詰める。
手甲と木刀のぶつかりあった音が数度響くが、勇樹が手甲で木刀を弾き、その軌道をそらした瞬間、護は後方へ跳び、再び距離を取る。
「……飛ばしていくぞ!!」
肺に貯めていた空気を一気に吐き出すとともに、護の髪が白く染まり、瞳は浅葱色に変わる。体からは炎のような陽炎が、ゆらゆらと立ち上った。同時に、手にした木刀が白い光に包まれた。
どうやら、模擬戦とは言え、本気で戦うつもりのようだ。
――何を焦っているんだ?いや、それとも悩んでいるのか?
勇樹は護が炎を顕現させたことに疑問を抱き、守りの構えを取った。手甲があるとはいえ、神通力で強化されている木刀を受け止めるのは、さすがに危険だ。
身構えると同時に、勇樹は護が何かを抱えていることを感じ取った。
それを、この模擬戦が始まる前から感じている人間がこの場にいた。
――護、一体、何を隠しているの?
祈るように手を組み、月美が護を見つめる。
彼女が感じ取っているのは、護の中に眠っている力が不安定になっている、という感覚だ。
それは、護の感情が不安定になった時に感じるもので、今までも何度かあった。しかし、それは一時の感情の揺れが原因であったため、一瞬で収まることが多かった。
しかし、今回は長い。おそらく、護の神通力を感じ取ることのできる体質になってから、最も長い間、護の力が不安定になっている。
護が先の戦いで何かを感じ、そのことを抱え込んでいる証拠だ。
「……いつか、話してくれるよね?」
何か大きなことがあると、抱え込んでしまう。そんな悪い癖を持つ恋人を、月美はただ、抱えているものを打ち明けてくれることを信じ、祈るしかできなかった。




