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世界No.1の外科医、異世界転生!?  作者: 阿門 甲斐吽


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19/22

【第19話】知っているが故の葛藤


 天明(てんめい)六年(ろくねん)、冬(ふゆ)。


 夜明(よあ)け前(まえ)。


 華岡家(はなおかけ)の研究室(けんきゅうしつ)。


 青洲(せいしゅう)は。


 一人(ひとり)。


 机(つくえ)に向(む)かっていた。


 目(め)の前(まえ)には。


 何冊(なんさつ)もの実験帳(じっけんちょう)。


 この一年(いちねん)で積(つ)み重(かさ)ねてきた。


 百二十八件《ひゃくにじゅうはちけん》の研究記録(けんきゅうきろく)だった。


 青洲(せいしゅう)は。


 その中(なか)から三(みっ)つを開(ひら)く。


【研究記録(けんきゅうきろく)】


【実験番号(じっけんばんごう):112】


【試験区分(しけんくぶん):生体反応確認《せいたいはんのうかくにん》】


【薬草配合(やくそうはいごう):複合(ふくごう)】


【薬液条件(やくえきじょうけん):同一調製分《どういつちょうせいぶん》】


【対象(たいしょう):小動物(しょうどうぶつ)】


【体格(たいかく):中(ちゅう)】


【投与前状態(とうよまえじょうたい):良好(りょうこう)】


【投与前呼吸(とうよまえこきゅう):安定(あんてい)】


【投与前脈(とうよまえみゃく):安定(あんてい)】


【投与量(とうよりょう):体格(たいかく)を考慮(こうりょ)し調整(ちょうせい)】


【結果(けっか):鎮静作用(ちんせいさよう)を確認(かくにん)】


【投与後呼吸(とうよごこきゅう):やや低下(ていか)・安定(あんてい)】


【投与後脈(とうよごみゃく):軽度低下(けいどていか)】


【刺激反応(しげきはんのう):低下(ていか)】


【覚醒(かくせい):確認(かくにん)】


【判定(はんてい):経過良好(けいかりょうこう)】


 次(つぎ)の記録(きろく)。


【研究記録(けんきゅうきろく)】


【実験番号(じっけんばんごう):117】


【試験区分(しけんくぶん):生体反応確認《せいたいはんのうかくにん》】


【薬草配合(やくそうはいごう):実験(じっけん)112と同一(どういつ)】


【薬液条件(やくえきじょうけん):実験(じっけん)112と同一調製分《どういつちょうせいぶん》】


【対象(たいしょう):小動物(しょうどうぶつ)】


【体格(たいかく):中(ちゅう)】


【投与前状態(とうよまえじょうたい):良好(りょうこう)】


【投与前呼吸(とうよまえこきゅう):安定(あんてい)】


【投与前脈(とうよまえみゃく):安定(あんてい)】


【投与量(とうよりょう):実験(じっけん)112と同基準(どうきじゅん)で調整(ちょうせい)】


【結果(けっか):強(つよ)い鎮静作用(ちんせいさよう)】


【投与後呼吸(とうよごこきゅう):著(いちじる)しく低下(ていか)】


【投与後脈(とうよごみゃく):低下(ていか)】


【刺激反応(しげきはんのう):著(いちじる)しく低下(ていか)】


【処置(しょち):保温(ほおん)・継続観察(けいぞくかんさつ)】


【覚醒(かくせい):確認(かくにん)】


【判定(はんてい):危険(きけん)】


 青洲(せいしゅう)の指(ゆび)が止(と)まる。


 さらに。


 もう一(ひと)つ。


【研究記録(けんきゅうきろく)】


【実験番号(じっけんばんごう):123】


【試験区分(しけんくぶん):生体反応確認《せいたいはんのうかくにん》】


【薬草配合(やくそうはいごう):実験(じっけん)112と同一(どういつ)】


【薬液条件(やくえきじょうけん):別調製(べつちょうせい)】


【対象(たいしょう):小動物(しょうどうぶつ)】


【体格(たいかく):中(ちゅう)】


【投与前状態(とうよまえじょうたい):良好(りょうこう)】


【投与前呼吸(とうよまえこきゅう):安定(あんてい)】


【投与前脈(とうよまえみゃく):安定(あんてい)】


【投与量(とうよりょう):実験(じっけん)112と同基準(どうきじゅん)で調整(ちょうせい)】


【結果(けっか):鎮静作用弱(ちんせいさようじゃく)】


【投与後呼吸(とうよごこきゅう):安定(あんてい)】


【投与後脈(とうよごみゃく):大(おお)きな変化(へんか)なし】


【刺激反応(しげきはんのう):残存(ざんそん)】


【覚醒(かくせい):確認(かくにん)】


【判定(はんてい):効果不足(こうかぶそく)】


 三(みっ)つの記録(きろく)。


 一見(いっけん)すれば。


 条件(じょうけん)は近(ちか)い。


 だが。


 青洲(せいしゅう)には分(わ)かっていた。


 これは。


 同(おな)じ条件(じょうけん)ではない。


「体格(たいかく)、中(ちゅう)……」


 青洲(せいしゅう)が呟(つぶや)く。


 中(ちゅう)とは。


 何(なん)だ。


 目(め)で見(み)て。


 触(ふ)れて。


 おおよその大(おお)きさを分類(ぶんるい)しただけだ。


【投与前状態(とうよまえじょうたい):良好(りょうこう)】


 これも同(おな)じ。


 動(うご)き。


 食欲(しょくよく)。


 呼吸(こきゅう)。


 毛並(けな)み。


 外(そと)から確認(かくにん)できる範囲(はんい)で。


 異常(いじょう)が見(み)られなかった。


 それを。


 良好(りょうこう)と記録(きろく)しているにすぎない。


【投与前脈(とうよまえみゃく):安定(あんてい)】


 指(ゆび)で触(ふ)れ。


 乱(みだ)れがないことを確認(かくにん)した。


 だが。


 正確(せいかく)な数値(すうち)ではない。


 実験(じっけん)112と117で。


 本当(ほんとう)に同(おな)じだったのか。


 証明(しょうめい)する方法(ほうほう)がない。


 さらに。


 実験(じっけん)123では。


 薬液(やくえき)そのものが別(べつ)に調製(ちょうせい)されている。


 同(おな)じ配合(はいごう)でも。


 薬草(やくそう)の有効成分(ゆうこうせいぶん)が。


 本当(ほんとう)に同(おな)じ量(りょう)だけ含(ふく)まれていた保証(ほしょう)はない。


 採取時期(さいしゅじき)。


 乾燥(かんそう)。


 保存(ほぞん)。


 煎(せん)じる時(とき)の火加減(ひかげん)。


 わずかな違(ちが)いが。


 薬効(やっこう)を変(か)えている可能性(かのうせい)もある。


「記録(きろく)していないんじゃない」


 青洲(せいしゅう)は呟(つぶや)いた。


「記録(きろく)できる精度(せいど)が足(た)りないんだ」


 そこが。


 問題(もんだい)だった。


 華岡蒼真(はなおかそうま)だった頃(ころ)なら。


 こんな比較(ひかく)はしない。


 体重(たいじゅう)を測(はか)る。


 薬剤量(やくざいりょう)を計算(けいさん)する。


 血圧(けつあつ)を測(はか)る。


 心拍数(しんぱくすう)を測(はか)る。


 酸素化(さんそか)を見(み)る。


 必要(ひつよう)なら。


 血液(けつえき)を採(と)る。


 肝臓(かんぞう)。


 腎臓(じんぞう)。


 電解質(でんかいしつ)。


 全身状態(ぜんしんじょうたい)を。


 複数(ふくすう)の数字(すうじ)で評価(ひょうか)する。


 さらに。


 薬剤(やくざい)そのものも。


 一定(いってい)の濃度(のうど)。


 一定(いってい)の品質(ひんしつ)で。


 管理(かんり)されたものを使用(しよう)できる。


 だが。


 今(いま)。


 青洲(せいしゅう)の前(まえ)にあるのは。


 薬草(やくそう)だった。


 同(おな)じ曼陀羅華(まんだらげ)でも。


 同(おな)じとは限(かぎ)らない。


 同(おな)じ草烏頭(とりかぶと)でも。


 同(おな)じとは限(かぎ)らない。


 そして。


 同(おな)じ「体格(たいかく):中(ちゅう)」でも。


 同(おな)じ身体(からだ)とは限(かぎ)らない。


 未来(みらい)の知識(ちしき)はある。


 何(なに)を測(はか)ればいいのかも。


 何(なに)を揃(そろ)えればいいのかも。


 分(わ)かっている。


 それなのに。


 測(はか)れない。


 揃(そろ)えられない。


 確(たし)かめられない。


 青洲(せいしゅう)は。


 実験帳(じっけんちょう)を見(み)つめた。


「これじゃあ……」


 研究(けんきゅう)にならない。


 そう言(い)いかけて。


 止(と)まった。


「いや」


 違(ちが)う。


 2025年(ねん)と。


 同(おな)じ研究(けんきゅう)ができないだけだ。


 1786年(ねん)には。


 1786年(ねん)のやり方(かた)があるはずだ。


 青洲(せいしゅう)は。


 百二十八件《ひゃくにじゅうはちけん》の記録(きろく)を見渡(みわた)した。


 正確(せいかく)な数字(すうじ)が取(と)れないなら。


 同(おな)じ方法(ほうほう)で観察(かんさつ)する。


 絶対値(ぜったいち)が分(わ)からないなら。


 投与前(とうよまえ)と投与後(とうよご)を比(くら)べる。


 一回(いっかい)の結果(けっか)を信用(しんよう)できないなら。


 条件(じょうけん)を可能(かのう)な限(かぎ)り揃(そろ)え。


 何度(なんど)も繰(く)り返(かえ)す。


 そして。


 差(さ)が出(で)た記録(きろく)を。


 捨(す)てない。


【完全記録(かんぜんきろく)】


【研究記録(けんきゅうきろく)を照合(しょうごう)】


【対象研究(たいしょうけんきゅう):128】


【内訳(うちわけ)】


【薬草単独作用確認《やくそうたんどくさようかくにん》:18】


【配合(はいごう)・抽出条件比較《ちゅうしゅつじょうけんひかく》:46】


【保存(ほぞん)・原料条件比較《げんりょうじょうけんひかく》:21】


【生体反応確認《せいたいはんのうかくにん》:43】


 青洲(せいしゅう)は表示(ひょうじ)を見(み)る。


 百二十八(ひゃくにじゅうはち)という数字(すうじ)は。


 百二十八匹《ひゃくにじゅうはっぴき》へ薬(くすり)を与(あた)えたという意味(いみ)ではない。


 薬草(やくそう)そのものを調(しら)べた記録(きろく)。


 配合(はいごう)を変(か)えた記録(きろく)。


 煎(せん)じ方(かた)を変(か)えた記録(きろく)。


 保存状態(ほぞんじょうたい)を比較(ひかく)した記録(きろく)。


 そして。


 必要(ひつよう)な段階(だんかい)で行(おこな)った生体反応(せいたいはんのう)の確認(かくにん)。


 そのすべてを含(ふく)めた。


 一年間(いちねんかん)の研究番号(けんきゅうばんごう)だ。


「生体反応確認《せいたいはんのうかくにん》だけを」


【該当記録(がいとうきろく):43】


「投与前(とうよまえ)と投与後(とうよご)の情報(じょうほう)が揃(そろ)っているもの」


【該当記録(がいとうきろく):29】


 減(へ)った。


「同(おな)じ調製分(ちょうせいぶん)を使(つか)った比較(ひかく)」


【該当記録(がいとうきろく):11】


 さらに減(へ)る。


 青洲(せいしゅう)は苦笑(くしょう)した。


「十一(じゅういち)か」


 一年間(いちねんかん)。


 百二十八(ひゃくにじゅうはち)の研究(けんきゅう)を積(つ)み重(かさ)ねた。


 それでも。


 今(いま)。


 本当(ほんとう)に比較(ひかく)したい条件(じょうけん)まで揃(そろ)えると。


 使(つか)える記録(きろく)は。


 わずか十一(じゅういち)。


 だが。


 青洲(せいしゅう)は落胆(らくたん)しなかった。


「なら」


 新(あたら)しい頁(ページ)を開(ひら)く。


「次(つぎ)から揃(そろ)える」


 何(なに)が足(た)りないか。


 分(わ)かった。


 それだけでも。


 百二十八件《ひゃくにじゅうはちけん》には意味(いみ)がある。


【研究記録(けんきゅうきろく)】


【実験番号(じっけんばんごう):129】


【試験区分(しけんくぶん):生体反応比較《せいたいはんのうひかく》】


【目的(もくてき):個体条件(こたいじょうけん)による薬効差(やっこうさ)の確認(かくにん)】


【使用薬液(しようやくえき):同一調製分《どういつちょうせいぶん》】


【対象(たいしょう):小動物(しょうどうぶつ)】


【投与前確認(とうよまえかくにん)】


【体格分類(たいかくぶんるい)】


【活動状態(かつどうじょうたい)】


【摂食状態(せっしょくじょうたい)】


【呼吸状態(こきゅうじょうたい)】


【脈(みゃく)の状態(じょうたい)】


【投与条件(とうよじょうけん)】


【投与量(とうよりょう):体格(たいかく)を考慮(こうりょ)し調整(ちょうせい)】


【投与後確認(とうよごかくにん)】


【鎮静開始(ちんせいかいし)までの経過(けいか)】


【呼吸変化(こきゅうへんか)】


【脈変化(みゃくへんか)】


【刺激反応(しげきはんのう)】


【覚醒(かくせい)までの経過(けいか)】


【判定(はんてい):未実施(みじっし)】


 青洲(せいしゅう)は筆(ふで)を置(お)いた。


 これでも。


 足(た)りない。


 分(わ)かっている。


 体格分類(たいかくぶんるい)ではなく。


 本当(ほんとう)なら。


 正確(せいかく)な体重(たいじゅう)が欲(ほ)しい。


 安定(あんてい)ではなく。


 正確(せいかく)な脈拍数(みゃくはくすう)が欲(ほ)しい。


 呼吸(こきゅう)も。


 回数(かいすう)だけでは足(た)りない。


 酸素化(さんそか)も知(し)りたい。


 血圧(けつあつ)も欲(ほ)しい。


 臓器機能(ぞうききのう)も知(し)りたい。


 欲(ほ)しいものを挙(あ)げれば。


 きりがない。


 だが。


 存在(そんざい)しない機械(きかい)を。


 待(ま)つことはできない。


「今(いま)あるもので、どこまで近(ちか)づけるかだ」


【SYSTEM (システム)】


【研究手法(けんきゅうしゅほう)の再構築(さいこうちく)を確認(かくにん)】


【超高速学習《ちょうこうそくがくしゅう》】


【既存知識(きそんちしき)と現環境(げんかんきょう)の照合(しょうごう)を開始(かいし)】


【再構築条件《さいこうちくじょうけん》:進行(しんこう)】


 青洲(せいしゅう)の目(め)が。


 わずかに見開(みひら)かれる。


【利用可能情報《りようかのうじょうほう》】


【視診(ししん)】


【触診(しょくしん)】


【聴取(ちょうしゅ)】


【経時観察(けいじかんさつ)】


【反復比較(はんぷくひかく)】


【記録(きろく)】


【現環境(げんかんきょう)における代替手法(だいたいしゅほう)を構築中(こうちくちゅう)】


 青洲(せいしゅう)は。


 その表示(ひょうじ)を見(み)つめた。


 システムは。


 血圧計(けつあつけい)を出(だ)してくれない。


 心電図(しんでんず)も。


 検査機器(けんさきき)も。


 未来(みらい)の薬(くすり)も。


 与(あた)えてはくれない。


 なら。


 それでいい。


 未来(みらい)の医学(いがく)を知(し)っている自分(じぶん)が。


 この時代(じだい)で使(つか)える医学(いがく)へ。


 作(つく)り直(なお)せばいい。


 百二十八件《ひゃくにじゅうはちけん》の記録(きろく)は。


 完成(かんせい)した答(こた)えではない。


 失敗(しっぱい)も。


 不足(ふそく)も。


 測(はか)れなかったものも。


 大量(たいりょう)に残(のこ)っている。


 だが。


 だからこそ。


 次(つぎ)に何(なに)を記録(きろく)すべきかが。


 見(み)えてきた。


 青洲(せいしゅう)は。


 実験番号(じっけんばんごう)129の頁(ページ)を閉(と)じなかった。


 その下(した)には。


 まだ。


 大(おお)きな余白(よはく)が残(のこ)っている。


 これから。


 そこへ。


 結果(けっか)を書(か)く。


 そして。


 130。


 131。


 132。


 必要(ひつよう)なら。


 何百(なんびゃく)でも。


 何千(なんぜん)でも。


 積(つ)み重(かさ)ねる。


 知識(ちしき)はある。


 足(た)りないのは。


 その知識(ちしき)を。


 この時代(じだい)で証明(しょうめい)する手段(しゅだん)。


 ならば。


 手段(しゅだん)そのものを。


 作(つく)ればいい。


 華岡青洲(はなおかせいしゅう)の戦(たたか)いは。


 未来(みらい)の答(こた)えを探(さが)すことではない。


 すでに知(し)っている未来(みらい)の答(こた)えへ。


 この時代(じだい)の医術(いじゅつ)だけで。


 道(みち)をつなぐことだった。



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