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世界No.1の外科医、異世界転生!?  作者: 阿門 甲斐吽


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17/22

【第17話】見えない身体を見る


 天明(てんめい)六年(ろくねん)、秋(あき)。


 夜(よる)。


 華岡家(はなおかけ)の研究室(けんきゅうしつ)には、まだ灯(あか)りがついていた。


 青洲(せいしゅう)は机(つくえ)に向(む)かっている。


 目(め)の前(まえ)には。


 数冊(すうさつ)の医学書(いがくしょ)。


 京都(きょうと)から持(も)ち帰(かえ)った資料(しりょう)。


 父(ちち)・直道(なおみち)が残(のこ)した記録(きろく)。


 そして。


 一枚(いちまい)の紙(かみ)。


 そこには。


 人体(じんたい)の胸部(きょうぶ)が描(えが)かれていた。


「違(ちが)うな……」


 青洲(せいしゅう)は筆(ふで)を置(お)いた。


 描(えが)いた線(せん)を見(み)つめる。


 皮膚(ひふ)。


 脂肪(しぼう)。


 筋肉(きんにく)。


 血管(けっかん)。


 その奥(おく)にある骨(ほね)。


 頭(あたま)の中(なか)には。


 華岡蒼真(はなおかそうま)として知(し)っている人体(じんたい)の構造(こうぞう)がある。


 だが。


 知(し)っていることと。


 この時代(じだい)の医術(いじゅつ)として使(つか)えることは。


 同(おな)じではない。


「あなた」


 後(うし)ろから声(こえ)がした。


 振(ふ)り返(かえ)る。


 加恵(かえ)が立(た)っていた。


「まだ起(お)きていたのですか?」


「もう少(すこ)しだけ」


「昨日(きのう)も同(おな)じことを言(い)っていました」


「そうだったか?」


「一昨日(おととい)もです」


「……そうだったかな」


 加恵(かえ)がため息(いき)をつく。


「身体(からだ)を治(なお)す人(ひと)が、自分(じぶん)の身体(からだ)を壊(こわ)してどうするのです」


「分(わ)かってる」


「分(わ)かっていない人(ひと)の返事(へんじ)です」


 青洲(せいしゅう)は苦笑(くしょう)した。


 加恵(かえ)が机(つくえ)を見(み)る。


「これは?」


「人(ひと)の身体(からだ)の中(なか)だ」


「身体(からだ)の中(なか)?」


「ああ」


 青洲(せいしゅう)は紙(かみ)を指(さ)す。


「ここが皮膚(ひふ)。その下(した)に肉(にく)がある。そして、その奥(おく)に血(ち)の通(とお)り道(みち)がある」


 加恵(かえ)が眉(まゆ)を寄(よ)せた。


「切(き)らずに分(わ)かるのですか?」


 青洲(せいしゅう)の指(ゆび)が止(と)まった。


「……そこなんだ」


「え?」


「今(いま)、それを考(かんが)えていた」


 人間(にんげん)の身体(からだ)の中(なか)は。


 外(そと)から見(み)えない。


 未来(みらい)なら。


 画像(がぞう)で見(み)ることができた。


 身体(からだ)を切(き)らずに。


 骨(ほね)も。


 臓器(ぞうき)も。


 病変(びょうへん)も。


 ある程度(ていど)まで知(し)ることができる。


 だが。


 この時代(じだい)にはない。


 ならば。


 外(そと)から得(え)られる情報(じょうほう)を。


 どこまで内部(ないぶ)の構造(こうぞう)と結(むす)びつけられるか。


 それが重要(じゅうよう)になる。


「今日(きょう)の患者(かんじゃ)さんですか?」


 加恵(かえ)が聞(き)いた。


 青洲(せいしゅう)は頷(うなず)いた。


 乳房(にゅうぼう)に異常(いじょう)を持(も)つ女性(じょせい)。


 その姿(すがた)が。


 頭(あたま)から離(はな)れなかった。


「切(き)ればいい、では駄目(だめ)なんだ」


 青洲(せいしゅう)は呟(つぶや)く。


「どこまで病(やまい)が広(ひろ)がっているのか」


 紙(かみ)に線(せん)を引(ひ)く。


「どこまで取(と)ればいいのか」


 さらに線(せん)を引(ひ)く。


「どこに大切(たいせつ)な血(ち)の通(とお)り道(みち)があるのか」


 筆(ふで)が止(と)まる。


「分(わ)からなければ、人(ひと)を救(すく)うための刃(やいば)が、人(ひと)を殺(ころ)す刃(やいば)になる」


 加恵(かえ)は何(なに)も言(い)わなかった。


 ただ。


 青洲(せいしゅう)の横(よこ)に湯(ゆ)を置(お)いた。


「冷(さ)める前(まえ)に飲(の)んでください」


「ああ」


「それから寝(ね)てください」


「善処(ぜんしょ)します」


「寝(ね)てください」


「……はい」


 翌朝(よくあさ)。


「先生(せんせい)!」


 新吉(しんきち)が診療所(しんりょうじょ)へ入(はい)ってきた。


「声(こえ)が大(おお)きい」


「すみません!」


「だから大(おお)きい」


「……すみません」


 青洲(せいしゅう)は一冊(いっさつ)の本(ほん)を差(さ)し出(だ)す。


 新吉(しんきち)が慌(あわ)てて受(う)け取(と)る。


「何(なん)ですか、これ」


「身体(からだ)について書(か)かれた本(ほん)だ」


「今日(きょう)は診察(しんさつ)では?」


「診察(しんさつ)するから読(よ)む」


 新吉(しんきち)が首(くび)を傾(かし)げる。


「身体(からだ)を知(し)らずに、どうやって身体(からだ)を診(み)る?」


「脈(みゃく)を見(み)たり、顔色(かおいろ)を見(み)たり……」


「それだけか?」


「……」


「座(すわ)れ」


「はい」


 青洲(せいしゅう)は紙(かみ)を広(ひろ)げた。


「腕(うで)を切(き)ったら血(ち)が出(で)る」


「はい」


「なぜ?」


「血(ち)があるからです」


「どこに?」


「身体(からだ)の中(なか)に」


「どこを通(とお)っている?」


 新吉(しんきち)が止(と)まる。


「……血(ち)の通(とお)り道(みち)です」


「その通(とお)り道(みち)は、どこにある?」


「……」


「太(ふと)さは?」


「……」


「どこを傷(きず)つければ大量(たいりょう)に血(ち)が出(で)る?」


「……分(わ)かりません」


「なら、切(き)れるか?」


 新吉(しんきち)は答(こた)えなかった。


 青洲(せいしゅう)は自分(じぶん)の腕(うで)を差(さ)し出(だ)した。


「触(さわ)ってみろ」


「先生(せんせい)の腕(うで)を?」


「ここ」


 手首(てくび)を指(さ)す。


 新吉(しんきち)が指(ゆび)を置(お)く。


「脈(みゃく)が……」


「その下(した)に血(ち)の通(とお)り道(みち)がある」


「はい」


「目(め)には見(み)えない」


 青洲(せいしゅう)は自分(じぶん)の胸(むね)に手(て)を置(お)いた。


「だが、身体(からだ)は外(そと)から情報(じょうほう)を出(だ)している」


 新吉(しんきち)の表情(ひょうじょう)が変(か)わる。


「見(み)るだけじゃない」


 青洲(せいしゅう)は続(つづ)ける。


「触(さわ)る」


「はい」


「聞(き)く」


「はい」


「患者(かんじゃ)に聞(き)く」


「はい」


「そして」


 青洲(せいしゅう)は自分(じぶん)の頭(あたま)を指(さ)した。


「中(なか)を想像(そうぞう)する」


「想像(そうぞう)……」


「ただし、勝手(かって)な想像(そうぞう)では駄目(だめ)だ」


 青洲(せいしゅう)は医学書(いがくしょ)を叩(たた)いた。


「知識(ちしき)に基(もと)づいて考(かんが)える」


 その日(ひ)の午後(ごご)。


 一人(ひとり)の男(おとこ)が診療所(しんりょうじょ)を訪(おとず)れた。


 三十代(さんじゅうだい)。


 右肩(みぎかた)が上(あ)がらないという。


「いつから?」


「一月(ひとつき)ほど前(まえ)からです」


「怪我(けが)は?」


「ありません」


「仕事(しごと)は?」


「木(き)を運(はこ)んでおります」


 青洲(せいしゅう)は男(おとこ)の腕(うで)を持(も)つ。


「上(あ)げてください」


 男(おとこ)が腕(うで)を上(あ)げる。


 途中(とちゅう)で止(と)まった。


「痛(いた)い」


「どこが?」


「この辺(あた)りです」


 肩(かた)の前(まえ)。


 青洲(せいしゅう)は触(ふ)れる。


「ここ?」


「そこです」


 少(すこ)し位置(いち)を変(か)える。


「ここは?」


「そこは大丈夫(だいじょうぶ)です」


 新吉(しんきち)が横(よこ)で見(み)ている。


 青洲(せいしゅう)は腕(うで)を別(べつ)の方向(ほうこう)へ動(うご)かす。


「これは?」


「痛(いた)い」


「これは?」


「それは平気(へいき)です」


 同(おな)じ肩(かた)。


 同(おな)じ痛(いた)み。


 だが。


 動(うご)かす方向(ほうこう)で変(か)わる。


 青洲(せいしゅう)は目(め)を閉(と)じた。


 頭(あたま)の中(なか)に。


 肩(かた)の構造(こうぞう)を描(えが)く。


 骨(ほね)。


 関節(かんせつ)。


 筋(きん)。


 腱(けん)。


【生命解析(せいめいかいせき)】


【対象(たいしょう):成人男性(せいじんだんせい)】


【右肩周囲(みぎかたしゅうい)に炎症反応(えんしょうはんのう)】


【骨性異常(こつせいいじょう):低可能性(ていかのうせい)】


【軟部組織負荷(なんぶそしきふか):上昇(じょうしょう)】


 青洲(せいしゅう)はさらに意識(いしき)を集中(しゅうちゅう)する。


【医神(いしん)の眼(め)】


 視界(しかい)が変(か)わった。


 男(おとこ)の肩(かた)。


 皮膚(ひふ)の向(む)こう側(がわ)。


 何(なに)かが。


 ほんの一瞬(いっしゅん)だけ。


 重(かさ)なる。


「……!」


 青洲(せいしゅう)が目(め)を見開(みひら)く。


 骨(ほね)が透(す)けて見(み)えたわけではない。


 筋肉(きんにく)が完全(かんぜん)に見(み)えたわけでもない。


 ただ。


 頭(あたま)の中(なか)にある解剖(かいぼう)の知識(ちしき)と。


 目(め)の前(まえ)の患者(かんじゃ)の身体(からだ)が。


 一瞬(いっしゅん)。


 重(かさ)なった。


【解剖学的理解《かいぼうがくてきりかい》を確認(かくにん)】


【医神(いしん)の眼(め)】


【情報補正開始《じょうほうほせいかいし》】


【対象部位(たいしょうぶい):右肩(みぎかた)】


【構造推定精度《こうぞうすいていせいど》:上昇(じょうしょう)】


「先生(せんせい)?」


 新吉(しんきち)が声(こえ)をかける。


「……なるほど」


 青洲(せいしゅう)は男(おとこ)の肩(かた)に触(ふ)れた。


「痛(いた)い場所(ばしょ)だけを見(み)ていたら分(わ)からなかった」


「何(なに)がです?」


「動(うご)きだ」


 青洲(せいしゅう)は新吉(しんきち)を見(み)る。


「肩(かた)が痛(いた)い。それだけでは情報(じょうほう)が足(た)りない」


 男(おとこ)にもう一度(いちど)腕(うで)を動(うご)かしてもらう。


「どの動(うご)きで痛(いた)むか」


 別方向(べつほうこう)。


「どこまで動(うご)くか」


 さらに。


「力(ちから)が入(はい)るか」


 新吉(しんきち)が頷(うなず)く。


「身体(からだ)の中(なか)は見(み)えない」


 青洲(せいしゅう)は言(い)った。


「だから外(そと)から、中(なか)を考(かんが)える」


 治療(ちりょう)は。


 すぐに刃(やいば)を使(つか)うものではない。


 患部(かんぶ)への負担(ふたん)を減(へ)らす。


 仕事(しごと)の仕方(しかた)を変(か)える。


 必要(ひつよう)な処置(しょち)を行(おこな)い。


 経過(けいか)を見(み)る。


 男(おとこ)が帰(かえ)ったあと。


 新吉(しんきち)が自分(じぶん)の肩(かた)を触(さわ)っていた。


「何(なに)をしている?」


「中(なか)を想像(そうぞう)しています」


「見(み)えるか?」


「全然(ぜんぜん)」


「だろうな」


「先生(せんせい)は見(み)えるんですか?」


 青洲(せいしゅう)は一瞬(いっしゅん)だけ黙(だま)った。


「私(わたし)も勉強中(べんきょうちゅう)だ」


「先生(せんせい)でも?」


「当(あ)たり前(まえ)だ」


 青洲(せいしゅう)は帳面(ちょうめん)を開(ひら)いた。


「医者(いしゃ)が勉強(べんきょう)をやめるのは、医者(いしゃ)をやめる時(とき)だ」


 夜(よる)。


 青洲(せいしゅう)は再(ふたた)び人体図(じんたいず)を描(えが)いていた。


 今度(こんど)は。


 昨日(きのう)より細(こま)かい。


 肩(かた)。


 胸(むね)。


 腹(はら)。


 腕(うで)。


 身体(からだ)の各部(かくぶ)。


 華岡蒼真(はなおかそうま)として持(も)っていた知識(ちしき)を。


 ただ思(おも)い出(だ)すのではなく。


 この時代(じだい)で使(つか)える医学(いがく)として。


 一(ひと)つずつ整理(せいり)する。


【SYSTEM (システム)】


【医神(いしん)の眼(め)】


【進化条件(しんかじょうけん)】


【症例蓄積(しょうれいちくせき):進行中(しんこうちゅう)】


【解剖学的理解《かいぼうがくてきりかい》:条件達成率上昇《じょうけんたっせいりつじょうしょう》】


【外科経験(げかけいけん):進行中(しんこうちゅう)】


【条件(じょうけん):???】


 青洲(せいしゅう)は表示(ひょうじ)を見(み)つめる。


「まだ足(た)りないか」


【回答(かいとう)】


【肯定(こうてい)】


「何(なに)が足(た)りない?」


【回答(かいとう)】


【非開示(ひかいじ)】


「相変(あいか)わらずだな」


 青洲(せいしゅう)は苦笑(くしょう)した。


 だが。


 以前(いぜん)とは違(ちが)う。


 進(すす)むべき方向(ほうこう)は見(み)えている。


 生命解析(せいめいかいせき)は。


 身体(からだ)が今(いま)どうなっているかを教(おし)える。


 完全記録(かんぜんきろく)は。


 過去(かこ)の患者(かんじゃ)と今(いま)の患者(かんじゃ)をつなぐ。


 そして。


 医神(いしん)の眼(め)。


 これは。


 身体(からだ)の中(なか)へ。


 自分(じぶん)の医術(いじゅつ)を届(とど)けるための力(ちから)なのかもしれない。


「だったら」


 青洲(せいしゅう)は胸部(きょうぶ)の人体図(じんたいず)を見(み)る。


 そこに。


 昨日(きのう)診(み)た女性(じょせい)の病変(びょうへん)を思(おも)い浮(う)かべる。


「もっと知(し)らないとな」


 どこに病(やまい)がある。


 どこまで広(ひろ)がっている。


 何(なに)を残(のこ)す。


 何(なに)を切(き)る。


 どこを傷(きず)つけてはいけない。


 外科医(げかい)に必要(ひつよう)なのは。


 刃(やいば)を動(うご)かす技術(ぎじゅつ)だけではない。


 切(き)る前(まえ)に。


 身体(からだ)の中(なか)を見(み)る力(ちから)。


 そして。


 切(き)らないという判断(はんだん)をする力(ちから)。


 青洲(せいしゅう)は筆(ふで)を置(お)いた。


 机(つくえ)の隅(すみ)には。


 麻酔研究帳《ますいけんきゅうちょう》がある。


 その隣(となり)には。


 今日(きょう)から新(あたら)しく作(つく)った一冊(いっさつ)の帳面(ちょうめん)。


 表紙(ひょうし)に。


 青洲(せいしゅう)は四文字(よんもじ)を書(か)いた。


「人体構造(じんたいこうぞう)」


 麻酔(ますい)。


 診断(しんだん)。


 記録(きろく)。


 解剖(かいぼう)。


 それまで別々(べつべつ)に進(すす)んでいたものが。


 少(すこ)しずつ。


 一(ひと)つの医術(いじゅつ)へ集(あつ)まり始(はじ)めていた。


 華岡青洲(はなおかせいしゅう)、二十六歳(にじゅうろくさい)。


 世界初(せかいはつ)の全身麻酔(ぜんしんますい)による乳癌手術(にゅうがんしゅじゅつ)まで。


 あと十八年(じゅうはちねん)。


 青洲(せいしゅう)はまだ知(し)らない。


 今夜(こんや)描(えが)いた一本(いっぽん)の線(せん)が。


 いつか。


 一人(ひとり)の女性(じょせい)の命(いのち)を救(すく)う刃(やいば)の軌道(きどう)へ。


 つながっていくことを。



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