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世界No.1の外科医、異世界転生!?  作者: 阿門 甲斐吽


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【第10話】受け継いだ医術


 天明(てんめい)五年(ごねん)。


 父(ちち)・華岡直道(はなおかなおみち)を失(うしな)った青洲(せいしゅう)は、一人(ひとり)の医師(いし)として新(あら)たな生活(せいかつ)を始(はじ)めていた。


 父(ちち)の跡(あと)を継(つ)いで診療(しんりょう)を続(つづ)ける。


 それは簡単(かんたん)なことではなかった。


 患者(かんじゃ)は待(ま)ってくれない。


 病気(びょうき)も怪我(けが)も、季節(きせつ)や都合(つごう)を選(えら)ばない。


 朝早(あさはや)くから診療所(しんりょうじょ)を訪(おとず)れる者(もの)もいれば、夜(よる)になってから助(たす)けを求(もと)めて来(く)る者(もの)もいる。


 青洲(せいしゅう)は一人一人(ひとりひとり)を診(み)た。


 京都(きょうと)で学(まな)んだ古方派(こほうは)の知識(ちしき)。


 カスパル流外科(りゅうげか)。


 伊良子流外科(いらこりゅうげか)。


 父(ちち)から受(う)け継(つ)いだ経験(けいけん)。


 そして。


 2025年の世界(せかい)で身(み)につけた外科医学(げかいがく)。


 それらを組(く)み合(あ)わせながら。


 目(め)の前(まえ)の患者(かんじゃ)に最(もっと)も適(てき)した治療(ちりょう)を考(かんが)えた。


「先生(せんせい)、こちらの方(かた)です」


 夕方(ゆうがた)。


 一人(ひとり)の若(わか)い男(おとこ)が、別(べつ)の男(おとこ)に肩(かた)を支(ささ)えられながら診療所(しんりょうじょ)へ入(はい)ってきた。


「どうしました?」


「山(やま)で木(き)を切(き)っていたところ、斧(おの)が滑(すべ)りまして……」


 青洲(せいしゅう)はすぐに傷(きず)を見(み)る。


 前腕(ぜんわん)に深(ふか)い切創(せっそう)がある。


 出血(しゅっけつ)も多(おお)い。


「横(よこ)になってください」


 患者(かんじゃ)を寝(ね)かせる。


 青洲(せいしゅう)は傷口(きずぐち)を確認(かくにん)した。


【SYSTEM (システム)】


【外傷解析(がいしょうかいせき)】


【損傷部位(そんしょうぶい):右前腕(みぎぜんわん)】


【筋組織(きんそしき):一部損傷(いちぶそんしょう)】


【主要血管(しゅようけっかん):損傷(そんしょう)の可能性(かのうせい)】


【神経(しんけい):損傷(そんしょう)の可能性(かのうせい)あり】


【出血(しゅっけつ):中等度(ちゅうとうど)】


 青洲(せいしゅう)の表情(ひょうじょう)が変(か)わる。


「これは縫(ぬ)わないといけません」


「縫(ぬ)うのですか?」


「はい」


 患者(かんじゃ)が不安(ふあん)そうに青洲(せいしゅう)を見(み)る。


「痛(いた)いですか?」


「痛(いた)みます」


 青洲(せいしゅう)は正直(しょうじき)に答(こた)えた。


「ですが、できるだけ短時間(たんじかん)で終(お)わらせます」


 青洲(せいしゅう)は器具(きぐ)を準備(じゅんび)した。


 手(て)を洗(あら)う。


 器具(きぐ)を清潔(せいけつ)にする。


 傷(きず)の周囲(しゅうい)を丁寧(ていねい)に処置(しょち)する。


 現代医学(げんだいいがく)の無菌操作(むきんそうさ)には遠(とお)く及(およ)ばない。


 しかし。


 できる範囲(はんい)で感染(かんせん)を減(へ)らす。


「始(はじ)めます」


 患者(かんじゃ)が歯(は)を食(く)いしばった。


 青洲(せいしゅう)は素早(すばや)く処置(しょち)を進(すす)める。


 傷(きず)を確認(かくにん)。


 損傷(そんしょう)した組織(そしき)を確認(かくにん)。


 出血点(しゅっけつてん)を処置(しょち)。


 そして縫合(ほうごう)する。


「もう少(すこ)しです」


 患者(かんじゃ)の額(ひたい)から汗(あせ)が流(なが)れる。


 青洲(せいしゅう)は手(て)を止(と)めない。


 数分後(すうふんご)。


「終(お)わりました」


 患者(かんじゃ)は大(おお)きく息(いき)を吐(は)いた。


「……終(お)わった?」


「はい」


 青洲(せいしゅう)は包帯(ほうたい)を巻(ま)いた。


「しばらく右手(みぎて)を使(つか)わないでください」


「ありがとうございます」


 患者(かんじゃ)が帰(かえ)っていく。


 青洲(せいしゅう)はその背中(せなか)を見送(みおく)った。


「やはり……」


 現代(げんだい)の手術(しゅじゅつ)なら。


 もっと細(こま)かな処置(しょち)ができる。


 神経(しんけい)や血管(けっかん)を確認(かくにん)するための機器(きき)もある。


 抗菌薬(こうきんやく)もある。


 輸血(ゆけつ)もできる。


 だが。


 ここにはない。


 青洲(せいしゅう)は拳(こぶし)を握(にぎ)った。


「この時代(じだい)でできる医療(いりょう)を作(つく)る」


 それが必要(ひつよう)だった。


 夜(よる)。


 診療(しんりょう)を終(お)えた青洲(せいしゅう)は研究室(けんきゅうしつ)へ向(む)かった。


 机(つくえ)の上(うえ)には、いつもの薬草(やくそう)が並(なら)んでいる。


 曼陀羅華(まんだらげ)。


 草烏頭(とりかぶと)。


 白芷(びゃくし)。


 当帰(とうき)。


 川芎(せんきゅう)。


 そしてもう一(ひと)つの薬草(やくそう)。


 青洲(せいしゅう)はそれぞれを慎重(しんちょう)に確認(かくにん)した。


【薬草解析(やくそうかいせき)】


【成分情報(せいぶんじょうほう)を取得(しゅとく)】


【組(く)み合(あ)わせ候補(こうほ):複数(ふくすう)】


【毒性相互作用(どくせいそうごさよう):注意(ちゅうい)】


 青洲(せいしゅう)は一(ひと)つの紙(かみ)を取(と)り出(だ)した。


 そこには。


 これまでの実験結果(じっけんけっか)がびっしりと書(か)かれている。


「鎮静(ちんせい)」


「鎮痛(ちんつう)」


「筋弛緩(きんしかん)」


「呼吸(こきゅう)」


「循環(じゅんかん)」


「覚醒(かくせい)」


 それぞれの項目(こうもく)に数字(すうじ)と記号(きごう)が並(なら)ぶ。


 青洲(せいしゅう)は一(ひと)つずつ確認(かくにん)した。


「鎮静(ちんせい)だけを強(つよ)くすると危険(きけん)」


「鎮痛(ちんつう)だけでは手術(しゅじゅつ)には足(た)りない」


「筋肉(きんにく)が緊張(きんちょう)したままでも困(こま)る」


「そして何(なに)より、呼吸(こきゅう)だ」


 青洲(せいしゅう)は2025年の手術室(しゅじゅつしつ)を思(おも)い出(だ)す。


 モニター。


 心拍数(しんぱくすう)。


 血圧(けつあつ)。


 酸素飽和度(さんそほうわど)。


 呼吸(こきゅう)。


 麻酔深度(ますいしんど)。


 現代(げんだい)の手術室(しゅじゅつしつ)では、患者(かんじゃ)の状態(じょうたい)を数字(すうじ)で確認(かくにん)できる。


 しかし。


 今(いま)の時代(じだい)には、それがない。


 ならば。


「人間(にんげん)の身体(からだ)そのものを観察(かんさつ)するしかない」


 青洲(せいしゅう)は新(あたら)しい紙(かみ)に書(か)き始(はじ)めた。


「脈(みゃく)」


「呼吸(こきゅう)」


「瞳孔(どうこう)」


「皮膚色(ひふしょく)」


「反応(はんのう)」


「意識(いしき)」


「体温(たいおん)」


 それぞれを観察(かんさつ)する。


 数値化(すうちか)できないなら。


 基準(きじゅん)を作(つく)ればいい。


「弱(よわ)い」


「普通(ふつう)」


「強(つよ)い」


「速(はや)い」


「遅(おそ)い」


 曖昧(あいまい)な表現(ひょうげん)でも。


 同(おな)じ基準(きじゅん)で記録(きろく)すれば比較(ひかく)できる。


 青洲(せいしゅう)は研究帳(けんきゅうちょう)に書(か)き込(こ)んだ。


【麻酔管理基準(ますいかんりきじゅん)】


【第一段階(だいいちだんかい):鎮静(ちんせい)】


【第二段階(だいにだんかい):意識低下(いしきていか)】


【第三段階(だいさんだんかい):手術可能状態《しゅじゅつかのうじょうたい》】


【危険域(きけんいき):呼吸低下(こきゅうていか)】


【危険域(きけんいき):循環低下(じゅんかんていか)】


【覚醒確認項目《かくせいかくにんこうもく》:反応(はんのう)、呼吸(こきゅう)、脈(みゃく)】


 青洲(せいしゅう)は筆(ふで)を置(お)いた。


「これなら……」


 薬(くすり)だけに頼(たよ)らない。


 医師(いし)が患者(かんじゃ)を観察(かんさつ)し続(つづ)ける。


 そして。


 異常(いじょう)が出(で)れば、すぐに止(と)める。


 それが青洲(せいしゅう)の考(かんが)えだった。


 翌日(よくじつ)。


 青洲(せいしゅう)は薬草(やくそう)を採取(さいしゅ)するため、山(やま)へ向(む)かった。


 研究(けんきゅう)に使(つか)う植物(しょくぶつ)は。


 店(みせ)から買(か)うだけでは足(た)りない。


 自分(じぶん)の目(め)で確認(かくにん)する必要(ひつよう)がある。


 どこに生(は)えているか。


 どの季節(きせつ)に採取(さいしゅ)できるか。


 どの部分(ぶぶん)を使(つか)うのか。


 成熟度(せいじゅくど)によって何(なに)が変(か)わるのか。


 青洲(せいしゅう)は一(ひと)つずつ記録(きろく)していく。


【採取地点(さいしゅちてん)を記録(きろく)】


【環境(かんきょう):山間部(さんかんぶ)】


【土壌(どじょう):乾燥傾向(かんそうけいこう)】


【日照(にっしょう):中(ちゅう)】


【植物状態(しょくぶつじょうたい):良好(りょうこう)】


 青洲(せいしゅう)は植物(しょくぶつ)を観察(かんさつ)した。


「同(おな)じ植物(しょくぶつ)でも、育(そだ)った環境(かんきょう)で違(ちが)う」


 現代(げんだい)の知識(ちしき)があるからこそ。


 それが分(わ)かる。


 だが。


 異世界(いせかい)の神(かみ)から与(あた)えられたスキルは。


 さらに一歩(いっぽ)先(さき)へ進(すす)んでいた。


「解析(かいせき)」


 青洲(せいしゅう)が手(て)を伸(の)ばす。


【SYSTEM (システム) 】


【植物構成解析《しょくぶつこうせいかいせき》】


【有効成分候補《ゆうこうせいぶんこうほ》を抽出(ちゅうしゅつ)】


【毒性成分(どくせいせいぶん)を検出(けんしゅつ)】


【含有比率(がんゆうひりつ)を推定(すいてい)】


 青洲(せいしゅう)は驚(おどろ)いた。


「ここまで見(み)えるのか……」


 これは現代医学(げんだいいがく)の知識(ちしき)だけではない。


 異世界(いせかい)の神(かみ)から与(あた)えられた能力(のうりょく)。


 自分(じぶん)だけが使(つか)える力(ちから)だった。


 しかし。


 青洲(せいしゅう)は慎重(しんちょう)だった。


「便利(べんり)だからといって、頼(たよ)り切(き)るわけにはいかない」


 解析結果(かいせきけっか)だけを信(しん)じるのではなく。


 実際(じっさい)の実験(じっけん)で確(たし)かめる。


 観察(かんさつ)する。


 記録(きろく)する。


 再現(さいげん)する。


「医学(いがく)は、結果(けっか)がすべてだ」


 山(やま)から戻(もど)ると。


 青洲(せいしゅう)は採取(さいしゅ)した植物(しょくぶつ)を処理(しょり)した。


 乾燥(かんそう)。


 粉砕(ふんさい)。


 抽出(ちゅうしゅつ)。


 保存(ほぞん)。


 条件(じょうけん)を変(か)えながら比較(ひかく)する。


 夜(よる)が深(ふか)くなっても青洲(せいしゅう)は研究(けんきゅう)を止(や)めなかった。


 そして。


 ある実験結果(じっけんけっか)が表示(ひょうじ)された。


【SYSTEM (システム)】


【新規解析結果(しんきかいせきけっか)】


【薬効(やっこう)バランス改善(かいぜん)】


【鎮静(ちんせい):高(こう)】


【鎮痛(ちんつう):高(こう)】


【筋緊張抑制《きんきんちょうよくせい》:中(ちゅう)】


【呼吸抑制(こきゅうよくせい):低(てい)】


【覚醒(かくせい):良好(りょうこう)】


【毒性(どくせい):要注意(ようちゅうい)】


 青洲(せいしゅう)は目(め)を見開(みひら)いた。


「これだ……」


 まだ完成(かんせい)ではない。


 だが。


 これまでで最(もっと)も可能性(かのうせい)のある結果(けっか)だった。


 青洲(せいしゅう)は何度(なんど)も確認(かくにん)した。


「再現(さいげん)できるか?」


 同(おな)じ条件(じょうけん)で実験(じっけん)する。


 結果(けっか)は。


 ほぼ同(おな)じだった。


「再現(さいげん)した……」


 青洲(せいしゅう)は思(おも)わず笑(わら)った。


 だが。


 次(つぎ)の表示(ひょうじ)を見(み)て表情(ひょうじょう)が引(ひ)き締(し)まる。


【安全域(あんぜんいき):狭(せま)い】


【投与量(とうよりょう)の誤差(ごさ):危険(きけん)】


「やはり簡単(かんたん)にはいかない」


 薬(くすり)の量(りょう)を少(すこ)し間違(まちが)えるだけで。


 危険(きけん)な状態(じょうたい)になる可能性(かのうせい)がある。


 麻酔(ますい)は。


 眠(ねむ)らせるだけの技術(ぎじゅつ)ではない。


 生(せい)と死(し)の境界(きょうかい)に患者(かんじゃ)を置(お)く技術(ぎじゅつ)だ。


 青洲(せいしゅう)は研究帳(けんきゅうちょう)へ書(か)いた。


「安全域(あんぜんいき)を広(ひろ)げる」


 そして。


「投与方法(とうよほうほう)を確立(かくりつ)する」


 さらに。


「覚醒方法(かくせいほうほう)を確立(かくりつ)する」


 最後(さいご)に。


「人間(にんげん)へ使用(しよう)する前(まえ)に、可能(かのう)な限(かぎ)り安全性(あんぜんせい)を確認(かくにん)する」


 筆(ふで)を置(お)いた。


 その夜(よる)。


 青洲(せいしゅう)は一人(ひとり)、父(ちち)の位牌(いはい)の前(まえ)に座(すわ)った。


「父上(ちちうえ)」


 静(しず)かに語(かた)りかける。


「俺(おれ)は医師(いし)を続(つづ)けています」


 当然(とうぜん)、返事(へんじ)はない。


「まだ未熟(みじゅく)です」


 少(すこ)し笑(わら)う。


「でも、諦(あきら)めるつもりはありません」


 青洲(せいしゅう)は深(ふか)く頭(あたま)を下(さ)げた。


「痛(いた)みに苦(くる)しむ患者(かんじゃ)を減(へ)らします」


「手術(しゅじゅつ)で救(すく)える命(いのち)を増(ふ)やします」


「そして」


 青洲(せいしゅう)は一度(いちど)言葉(ことば)を止(と)めた。


「いつか、麻酔(ますい)を完成(かんせい)させます」


 蝋燭(ろうそく)の炎(ほのお)が揺(ゆ)れる。


 その光(ひかり)を見(み)つめながら。


 青洲(せいしゅう)は立(た)ち上(あ)がった。


 父(ちち)から受(う)け継(つ)いだ医術(いじゅつ)。


 京都(きょうと)で学(まな)んだ外科(げか)。


 未来(みらい)から持(も)ち込(こ)んだ知識(ちしき)。


 そして。


 異世界(いせかい)の神(かみ)から授(さず)かった能力(のうりょく)。


 それらすべてが。


 一(ひと)つの目的(もくてき)へ向(む)かって集(あつ)まり始(はじ)めていた。


 人(ひと)の命(いのち)を救(すく)う。


 そのために。


 華岡青洲(はなおかせいしゅう)は。


 医学(いがく)の常識(じょうしき)そのものを変(か)えようとしていた。


 まだ。


 歴史(れきし)が変(か)わるほどの成果(せいか)ではない。


 まだ。


 全国(ぜんこく)に名(な)を知(し)られる医師(いし)でもない。


 しかし。


 この小(ちい)さな研究室(けんきゅうしつ)で。


 未来(みらい)の医学史(いがくし)を変(か)える種(たね)は確(たし)かに芽(め)を出(だ)し始(はじ)めていた。



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