忘却の魔女ロッテ①
本日、序章を同時投稿しています。もしこちらに先に来られた方がいましたら、そちらを先にお読みいただけたら幸いです。
ある町に、幼い頃からの友人である二人の娘がいました。
二人は毎朝同じ道を歩き、同じ泉で水を汲み、互いの家の窓から声をかけあって育ちました。どちらかが熱を出せばもう一方が薬を届け、縁談で泣く夜には夜通し話し相手になりました。町の人々は二人をひとまとめに呼んでいて、片方の名を言えば、もう片方の顔が自然と浮かぶほどでした。
けれどある日、二人は喧嘩をしました。
きっかけは些細なことでした。借りたままの櫛のことか、伝わらなかった言葉のことか。
そんな帰り道に、娘の口から、言ってはいけない言葉が、ついこぼれてしまったのです。
「……あの子のことなんて、もう、顔も見たくない」
それは本気の願いではありませんでしたが、忘却の魔女ロッテはそれを聞いていました。
ふいに、娘の世界から色が消えました。
驚いて足元を見ると、自分の影だけが、その場に張り付いて動かなくなっているではありませんか。
何が起こっているのかと顔を上げると、鼻先が触れそうなほどの目の前に、白い顔がありました。
その陶器のような白い顔の、瞬き一つしない双眸が、娘の瞳の奥をじっと覗き込んでいたのです。
「かわいそうに。心が痛かったのね」
そう言うと、少女はしばらく娘の瞳を見つめたあと、どこからか取り出したスケッチブックを広げました。その瞬間、何かが娘の中からふわりと浮き出し、そのスケッチブックへと吸い込まれました。
「……うん、描けた。これで、あなたは痛みを忘れられるわ」
彼女がスケッチブックを閉じると同時に、世界に色が戻りました。白い少女の姿は、もうどこにもありませんでした。
娘はしばらく道の真ん中に立ち尽くしていましたが、やがて踵を返し、友人の家へと駆け出しました。あの少女が何をしたのか、まだわかりませんでしたが、確かめなければならない気がしたのです。
友人の家の窓は、なぜか厚い板で打ち付けられ、庭先には雑草が茂り、まるで何年も誰も住んでいないかのようになっていました。
娘は隣の家の人に尋ねました。
「ねえ、この家になにがあったかわかる? あの子はどこ?」
「ここに誰かが住んでいたことなんて、一度もないよ」
誰に聞いても、不思議そうに首を横に振るばかり。
さっきまで、確かに一緒にいたのです。
けれど町の人の記憶からも、この場所にあったはずの生活の気配からも、彼女の存在だけがごっそりと削り取られていました。
あの白い少女が、自分の呟いた言葉を叶えてしまったのだと気づいたとき、娘の足から力が抜けました。
震えながら家に戻った娘は、棚の上に見覚えのあるものを見つけました。それは、返しそびれたままの櫛でした。
持ち主の名前だけが、最初からなかったかのように滑らかに消えています。
娘は、返す相手のいない櫛を抱えて泣きました。
願った通りに、友人の顔は二度と見えなくなったのです。




