第六章 ベネディクト②
アニカが次に現れたのは、それから間もない秋のこと。
ちょうど、ベネディクトがアーモンドの実を水を張った桶に沈めながら、アニカの取り出す食べ物と、その食べ方についてなんとなく考えていたときです。
「これは食べられないの?」
いつの間にかアニカが隣で桶の中を覗き込んでいました。
ベネディクトは驚きましたが、表には出さず、こう答えました。
「今はまだ。明日までは水に漬けとかないといけないし、何度か茹でこぼす必要もある」
「……そう」
アニカは、しばらく水の中のアーモンドを眺めていました。興味があるのかないのか、よくわかりません。
ベネディクトは作業を続けながら、横目でちらりとその様子を見ました。
「腹減ってるなら、今日の昼に作ったやつが残ってる」
アニカは少し首を傾けました。
「昼のもの?」
「クリーム煮。鶏の」
器に少し盛って渡してみると、アニカは部屋の端に腰を下ろして、出されたクリーム煮をおとなしく口に運びました。
「……おいしい」
「そりゃよかった」
アニカの様子に妙な可笑しさがこみあげてきて、ベネディクトは顔を背けました。
それからアニカは、時々現れるようになりました。
決まった間隔でもなく、ただふわりと、気づいたら隣にいました。
ベネディクトがハシバミの実を割り、炒っているとき。小麦を石臼で挽いているとき。
そのたびにアニカは覗き込んでいました。
殻ごと挽いた麦の粉をはちみつで捏ねたものを渡すと、目を丸くしながら食べていました。
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年が経つにつれ、ベネディクトの髪に白いものが混じりはじめ、手は節くれだってきましたが、訪れるアニカは変わりませんでした。
首を傾ける角度も、「おいしい」と言うときの声も、寸分変わらないまま、ベネディクトの隣に現れ続けました。
あるとき、蜂蜜漬けの果実を渡しながら、ベネディクトはなんとなく聞きました。
「俺のこと、わかるのか。毎回」
「わかるわ」
「どうやって」
アニカは少し考えるような間を置いてから、答えました。
「残っているから」
それを聞いたベネディクトは、かすかに口角を上げました。
節くれだった手で果実の瓶を開けるのに、前よりすこし時間がかかるようになっていましたが、アニカはいつも、それを黙って待っていました。
✦ ✦ ✦
ベネディクトが床に就いたのは、晩秋のことでした。
起き上がるのが億劫になり、食欲がなくなり、それでも妙に頭だけは冴えていて、天井の木目をぼんやり数えるような日が続きました。
そのときもアニカは、気づいたら枕元にいました。
「楽しかったよ、俺は」
アニカは答えませんでした。
「わかんないだろうけど」
返事はありませんでしたが、ベネディクトは、それでいいと思いました。わかってほしかったわけでも、たぶん、なかったから。
「せっかくだから、最後に食べてくれよ」
少し首を傾げて考えたあと、アニカは、静かに白い手袋を外しました。
そして、今、アニカの手元には、マルメロのジャムがあります。
齧るには硬そうだったので、彼がそうしていたように、ジャムにしてみたのでした。
口に含んでから、アニカはしばらく、その味を覚えるようにして、じっとしていました。
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それ以来、アニカは時々、収穫を急がずに待つようになりました。
青いエンドウ豆が、マルメロになったことを、思い出したときだけ、気まぐれに。




