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慈悲深い魔女たちの話  作者: けものへんにまし
第六章 ベネディクト
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第六章 ベネディクト①

 その年の冬、流行り病が近隣の村を舐めるようにして過ぎ去りました。


 いたずら好きだった五歳のケーテも、床に就いたまま春を待たずに逝きました。

 兄のルイトドールの嘆きは深く、しばらくのあいだ、彼は何も食べられないほどでした。


    ✦ ✦ ✦


 救済の魔女アニカが現れたのは、ケーテが逝って何日かあとのことです。


 そのとき、ルイトドールはのそばには、親友の少年が一緒にいました。

 思い出話をしたりして、ルイトドールを慰めていたのです。


 ルイトドールのすぐ横にあらわれたアニカをみとめると、親友の少年は、のどをひきつらせました。

 アニカはその少年のことなどおかまいなしに、その白い痣のある手のひらを、うつむくルイトドールの頭にそっと置きました。

 すると、アニカの手のひらの上に、赤く艶やかな苺が現れます。

 それは一瞬のことで、親友の少年は、手はおろか、口さえ出す暇はありませんでした。

 そっとルイトドールのようすをみると、どうやら眠ってしまったか、気をうしなってしまったかしたようで、すすり泣く声がやみ、寝息が聞こえてきたことに、少年はほっとしました。


 少年が見ている前で、アニカはその果実を、口に運び、ほほえみました。

「楽になってよかったわ」


 それから、少年にも目を向けたのです。

「あなたにも、喪失の痛みがあるのね?」

 

 そうして迷いなく伸ばされたアニカの手のひらには、青いエンドウ豆があらわれました。


 アニカは一瞬それを不思議そうに眺め、ひと齧りしました。


「……おいしくないわ」


 少年は、目を丸くしました。


 アニカは少しのあいだ、少年を見下ろしました。

 そして、食べかけの青い鞘を、すいと丸呑みすると、アニカは消えました。


    ✦ ✦ ✦


 少年は翌朝、ルイトドールのもとを訪れました。


 昨日、あのまま眠ってしまったルイトドールは、今日はとても元気でした。

 落ち込んでいたことすらわかっていないようなそぶりに、そっと様子をうかがっていると、ルイトドールがケーテのことをなにも覚えていないのに気がつきました。

 そして自分の中にあるケーテについての記憶が、うつくしくたのしいものばかりになっていることにも。

 自分はあのとき、ルイトドールに、ケーテのいたずらの思い出なんかを話していたはずでした。でも、今の自分には、そんなことをされた記憶がないのです。寂しささえありません。

 おかしい、と少年は思いました。

 あれはきっと、魔女だったんだ。少年は、彼女の手のひらの痣を思い出して、そう思いました。


 少年の名前は、ベネディクトといいました。


    ✦ ✦ ✦


 ベネディクトが十七になった初夏のことです。

 彼の母親の葬儀の夜、ベネディクトはひとり、外に出ました。

 白い息を吐きながら空を見上げていると、気づいたときには、隣にあの女が立っていました。

 十年前と、なにも変わらずに。

「……あんた」

 思ったより低く出た声に、ベネディクトは自分でも少し面食らいました。

 アニカの白い痣のある手が、静かに持ち上がりるのを視界に収め、

「待って」

 ベネディクトは、その手首をつかみました。

 アニカの目が、初めてベネディクトの目を見ました。

「……食べなくていい」

「重そうなのに」

「いいって言ってる」

 しばらくの沈黙ののち、アニカはベネディクトの顔と、つかまれた自分の手首を見て、特に怒るでもなく、手を下ろしました。

「……そう」

 それだけ言って、アニカは夜の中に溶けるように消えました。

 ベネディクトは、手に残った感触を確かめるように、そのまま立ち尽くしていました。

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