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6.聖女認定には遠すぎる

作中のアラビア語表記は、エクセルの翻訳機能を使用しました

 コロンビアの地主とやらが困っていたのは、彼のせいじゃない。敢えて言えば身内の不始末と言うか、親の因果が子に報い、というやつ。

 詩乃美と加賀美君の話をざっと聞いたところによると。

 相続した畑とやらは、六十年以上前に地主の祖父が詐欺同然の手口で奪い取ったものだった。元々はとある開拓者が汗水たらして造り上げた農園だったのに、ほとんど無一文で本人とその家族を放り出した。

 当時は時節柄国が味方してくれることもなく、追い出された一家は塗炭の苦しみを味わった挙句、ほとんどが亡くなったそう。

 痛ましい話だと思う。

 しかし時が過ぎた今、事態は大きく変わっていた。

 開拓者の孫息子という人が生き残って、実にたくましく、ぶっちゃけ大成功を治めていたから。

 幼い頃に家も財産も奪われて、極貧生活を余儀なくされた彼は、長じてコロンビアでも有数の鉱山を有する富豪になっていた。

 いよっ、大出世!

 そりゃまぁ、あの国あの年代を生き抜いて出世したんだから、色々後ろ暗いこともやってるんだろうけど、そこは突っ込むべきじゃないわ。

 老境に差し掛かった彼は、かつての故郷であり、幼い頃の思い出いっぱいの田舎農園を取り戻したいと願った。

 そこまでは良い、問題はここから。

 彼の祖父をだまくらかした本人はもうとっくに死んでいる。にもかかわらず、なんの罪もない子孫に嫌がらせめいた取引を持ち掛けたんですって。

 かつての恨みは深いとは言え、あまり非道なことをすれば自身の評判を落とすだけだと周囲にもたしなめられ、大分譲歩したらしいけど。

 それでも首都に住む若い地主は、土地を余所に売ろうとすると邪魔をされ、じゃあそちらにと言えば、とてもじゃないが納得できない金額や条件を提示されで、かなり困っていた。

 そこへ現れたのが、渡瀬詩乃美。

 彼女が通れば道理が引っ込み屁理屈も説法に変わる、無茶ぶりの女王。

 詩乃美は数年に渡る――いや、開拓者が追いやられてからの数十年に及ぶ恨みつらみの塊を、ほんの一日で瓦解させてしまった。

 土をもらいに行っただけのはずが、気づけば絶滅希少種が植わっている植木鉢と畑そのものを交換して、権利書その他を持ってコロンビアでも有数の大物実業家の元に乗り込んだ。

 そこでどんな激論が交わされたのか、現地にいなかったわたしに知る術はない。

 ただ、立ち会っていた加賀美君が言うには、あの時の詩乃美は正に『天啓を得た聖女のようだった』そうで。

 どこのジャンヌ・ダルクだよ。神様への愛とは程遠い女なんだけどなぁ。

 贔屓目にしても程がある。とは言え、常人では計り知れない頂きだったに違いない。詩乃美の、あの常軌を逸した状態ならではの到達点だったんだ、きっと。

 紆余曲折はあったものの、詩乃美は長年の恨み辛みを晴らすことに成功し、コロンビア片田舎の農園を開拓者(もとのもちぬし)の孫に戻すことに成功した。

 だがここで、またもや根本的な問題にぶつかる。

 つまりは、交換だ。

 聞けば、後から相応の額を元地主に支払うと言う事で話はついていたのだが、実証実験のためには、形だけでもなにかと交換した事実が必要、と、詩乃美が主張して譲らなかった。

 とは言え、農園丸々と同等の物品となると、これがなかなか難しい。純粋に金銭ならばなんとでもなるが、それは詩乃美が頑として受け入れなかった。

 ああでもないこうでもないと、かなり揉めたそうだ。

 そして疲れ果てた頃、とうとう鉱山主でもある実業家がやけっぱちの意見を出した。

『この後、最初に持ち込まれたエメラルドの原石ではどうか?』、と。

 採掘された原石、などという物は、文字通り玉石混淆。

 大して使い物にならないクズ石の中に、ほんの少し宝の石が混じっているというのがほとんどらしい。

しかも、例え質の良い石が出たとしても、指先でつまむのが精いっぱいの小石がせいぜい。

 それなりの大きさで、財産にもなるような質の良い宝石なんて、滅多に出ない。

 だから、ちょっと緑色のついた小石を持って帰るつもりで、皆でお茶をして待っていたそうな。

 しかし、その一時間後。

 十年に一度出るかどうかという、オイルの名を冠した素晴らしい極上品がもたらされたという。

 ――その引きの強さは何なのよ。



 そういう経緯(いきさつ)で持って帰ったエメラルド。

「一体その石どうするの、どうすればいいんだ」

 頭を抱えてわたしが聞くと、詩乃美は。

「当然次の交換品だ」

 と宣(のたま)う。

「やめて、そんなモノを公開したらどんな危険を呼び込むかわからない!」

 わたしが叫べば、もっともらしく考え込んだ挙句。

「じゃあ、交換希望者の身元を徹底的に調べて、確かな人物のみを対象にしよう。なに、どうせ物は一つしかないんだ。次の交換品のグレードを下げればいいだろう」

 交換自体をやめるという意見には、かすりもしない返答をくれた。

「それはそうと、どうする詩乃美ちゃん。この石、原石のままで行くか、研磨とカットをしてからにするか、公開するならどっちか決めないと。カットするならウチが懇意にしてる宝石職人を紹介するけど」

 加賀美君はどっかズレた意見を出してくるし。

「いや、この際原石で行こう。次の持ち主こそが本格的な使用者になるだろうからな、デザインその他はそちらにまかせた方がいい」

 誰がそんな恐ろしいエメラルドを使うんだろう。

 多分カットしてもかなりの大きさが残るはず。首飾りでも指輪でも、そりゃあもう目立つに違いない。

 並みの金持ちじゃ、タンスならぬ金庫の肥やしにしかならないんじゃないかな。


 

 わたしは甘かった。

 世の中には、並みとか上とかでは測れないような金満家、そういう輩が存在している。

 いや、知ってはいたけど、ほとんど縁のない異世界人みたいな感覚でいた。

 だから、そのメールを読んで身元を確認し、冗談抜きで桁違いの金と身分を持った人物が関わってきたと知って、遂に自分たちだけでは事態に対処できそうにないと白旗を上げた。



 そのメールが送られてきたのは、朝とも夜とも言えない時間。

 当然わたしはまだ寝ていた。だから、メール着信に気付いたのは、かなり時間が経ってから。

 一応英文になっていたからなんとか読めたけど、送信元は――中東。

 

 どいつもこいつも、詩乃美の毒にやられて道を踏み外していくんだから。


「こちらが*******国の王子であられる********・サウドル・*******殿下です」

 長ったらしい。

 外務省の関係者だとかいう通訳が仰々しく紹介してくれた人物は、いかにもイスラムの大物、という感じの男性。

 髭を生やし、布を頭に被って垂らしている。確かクーフィーヤとか言うあちらの男性装飾品。年齢は――不肖。若くも壮年にも見える。

 堂々とソファに座るその姿は、ザ・威厳!としか言いようがない。

 後に同じような格好をした、秘書的雰囲気の男性が一人。それと部屋の四隅に、ベレー帽迷彩服姿のガチムチな大男たち。ボディガードなのか、前線兵士なのか。

 それなりに広いはずの応接室が、人口密度で窮屈なことこの上ない。

 *******国と言えば、中東でも石油を大量に産出・輸出している大国。その王家となると、完全に石油王。

 なんでそんな大物が、ホイホイと国を出てくるんだろう。

「ほう、オイルダラーの元締めか。これは大物が釣れたものだ」

 大物って認めるなら、その詩乃美節をなんとかしろ。

 

「サウドル王子は、貴女がお持ちのエメラルドを是非とも譲っていただきたいとおっしゃっておられます」

 通訳は動じない、淡々と用件を告げる。

「その用向きはメールで確認させてもらったが。これがワタシの実証実験、その一環であると言う事も承知の上で申し込まれたのかね」

「その点に関しまして――殿下が、と言いますか、側近の方々が疑問を呈しておられるようで」

「つまり?」

「本気なのでしょうか?」

「もちろんだ」

 間髪入れず、詩乃美は応えた。

 本当にこの娘は怖いもの知らずだ。

「元を糺せば販促品のポケットティッシュがここまで来たんだ。お遊びやおふざけでやれることじゃない、納得してもらえなければ話にならんな」

 傍から聞けば、正気の沙汰じゃないんだってば。ほら、通訳のおじさんが凄い顔になってるじゃない。

 この場に呼ばれたのは詩乃美だけだけど、わたしと加賀美君にPC部兼柔道部の野崎君、それから校長先生や教頭、担任の間山先生も同席してる。先生たちは、すっかり顔色を無くして事の推移を見守るしかない。

 どうしてこの面子なのかと言えば、ここが学校、校長室の隣にある応接室だから。

 会談の相手が相手だから、多分ボディカード要員もガッチリいる。牽制のためにも強面が欲しいと、野崎君に立ち会いを頼んだら、二つ返事で了承してくれた。さては君、結構野次馬根性豊富だね。

 ソファに座っているのは、紹介された王子様と詩乃美と校長先生だけ。後はそれぞれの横や後ろに突っ立っている。

 なんか、位置がそのまま立場を現しているような。

 ただし、校長先生だけは冷や汗だらだらで、今にも気絶しそうな有様だけど。

 色々あって中東の王子様との会談は、ゴージャス一辺倒のロビーとかではなく、学校の一室を借りることになった。

 申し入れた時、校長先生は魂を飛ばしてたけどね。

 こんなもんで参ってたら、この先詩乃美の爆走にはついていけないわよ、と、肩を叩いて言ってあげたい。でもできない。ここでなにかを喋れば、ただじゃすまない空気がビンビンに張り詰めているから。

「تابع العمل」(用件を進めなさい)

 王子様がなにかを言われた。

 わたしは詩乃美と違ってアラビア語には精通していない。

「نعم، أفهم」(はい、わかりました)

 通訳の人がさすがにすぐ返事を返す。

「この際、そちらの状況を受け入れましょう。その上で、例のエメラルドをお譲りいただけるでしょうか。王子は、充分な対価をご用意するとおっしゃられております」

「対価?この実験はいかに金銭を使わないで物をやり取りできるかという趣旨で行うものだ。対価ではなく、交換品を提示してくれ」

「それは、エメラルドに相当する物を、と言う事でしょうか」

「いいや、金銭価値を等しくする物品が欲しいわけじゃない。希望する者が、これをこそ、と差し出す品と品をつき比べてそれらを交換する過程をこそ検証しているんだ」

「は、はぁ」

「今回はたまたま質の良い宝石だが、別にその辺の石ころでも使い古したアクセサリーでも構わんぞ」

 まったく緊張することなく、詩乃美は交換実験について語る。

「ただ、交換状況は全て記録するし、完了の暁には公開する。更に言うなら、出された品は次の交換対象だ、そちらには全く関係のない誰かに渡ることになるし、その際問われれば元の持ち主についても正直に伝える。それでも良いなら、交換品を提示してくれ」



 しばらくの間沈黙が場を支配した。

 こんな取引、経験無いんだろうな、この人たちは。

 ある意味これは交換する人たちのプライドと見栄を天秤にかけているのだ。

 最初のポケットティッシュと付箋くらいなら大したことないけれど、世界でも有名な石油王が、最高級のエメラルドを手に入れようというのに、ショボい品を用意したなんてことが世界に発信されたら。

 下手をすれば、ワールドワイドな大恥さらしとなる。

「まぁそれについては、ゆっくり考えてくれて構わない。しかし、他にも交換を希望している者はいると言う事は承知しておいてくれ。言っておくが、ワタシは貴方の身分や立場で優先するようなことはないから、بهذه النية(そのつもりで)」

 詩乃美が最後の一文をアラビア語で言うと、王子を除く大人たちがギョッとした顔になって、引きつった。

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