4.蒼穹と緑石のオーバーロード
飛行機を見送った後、例の会話にビビったわたしは、即、交換記録をチェックした。
ルーターと交換されたのは、美術部の部長が所有していた日本画の画集。これはわたしも知ってる、交換希望を請け負って、詩乃美に推薦したのはわたしだから。
ただの画集と侮ることなかれ、室町時代以降の名画を掲載した超大判で、御大層な箱入りの逸品だった。しかも今では廃版になってて、流通ルートに乗れば争奪戦になるような代物らしい。
でも、断じて法に抵触するようなことはない。
本物ならいざ知らず、なんでそれが既製品目録のチェック品になるんだろう?
見送った翌日、ようやく詩乃美から連絡が入った。
それまで、どれだけ呼び出してもまるっきり応じなかったくせに、つながった途端、満面の笑みで。
【やあ!マヤっち、元気でやってるかー】
これよ。
「そうだね、健康はおおむね異常なしだけど、精神的にはかなりヤバいかな」
主にハイになってるアンタが遠い地で何をしでかすかっていう不安でね。
【おいおい、心労を甘く見ちゃいけないぞ。大概の身体異常は、心因性だと言うからな】
アンタが言うな!
叫びたくなったけど、何とかこらえた。ここで話を拗らせたら、この先余計に面倒くさくなる。
「で、今あんた達はどこで何をしてるの」
確認すべきはこれに限る。それ以外のことでヤキモキしてたら、マジで身が持たない。
【ああ、それなんだがな――】
【やぁ、和田さん。心配ないよ、今は僕と一緒に知人宅に逗留しているんだ】
横からズイッと加賀美君が割り込んできた。
「つまり、そこって個人のお宅なの?それにしちゃ、随分とその…豪華なバックなんだけど、ホテルのスイートルームとかじゃ」
この二人なら、しれっと一つ部屋を取ってても不思議じゃない。
【まさか、さすがにそれはまだ早いって。一緒にこっちに来るのも、親に大分言われたしね。この家にお世話になるっていうんで、許可が下りたようなものだし】
【ここは良一の父親が懇意にしている企業家の邸宅だ。こっちの富豪は、やたら広い家に住みたがるな。使用人の数も半端ないぞ】
「……そう、楽しそうでよかった」
他に言うべき言葉が見つからない。
加賀美家がアメリカで懇意にしてるってことは、半端ない金持ちっていう事だ。そりゃあ、部屋の一つや二つ用意できるでしょう。
後はもう詩乃美のアメリカ到着後の状況報告を聞いているだけにした。
屋敷の奥様は、日本画の大ファンなんだそうな。
本物は現代作家の物を何点かお持ちだそうだけど、江戸時代以前のものは、明治期に梱包材として使われていた浮世絵版画が数点だけだそうで、是非とも大作を愛でたかったらしい。
そこで日本から持ち込んだ画集と、奥様が曾祖母から受け継いだとか言うアンティークとを交換したんだとか。
画面越しに見せてもらうと、なにやらゴテゴテギラギラした宝石箱。中身は入って無いらしいが、箱そのものに宝石がはめ込まれていて、充分宝飾品。ちょっと豪華に過ぎないか?交換品でしょう。
最初のポケットティッシュと付箋を思い出して、なんか冷や汗が…。
画面の前に箱を掲げて映る詩乃美は、こちらの焦燥など気にもせず、満面の笑みを向けてくる。
その肩には、例の金ぴかタスキ。
「あーあ、よかったね。終わったんなら早く帰っておいで」
と、我ながら平坦に言ってやると。
【おいおい、こんな機会は滅多にないんだぞ。半日くらいでやめてどうする】
とても不吉なことを宣った。
【実は、親しい人を集めてホームパーティが開催されるそうなんだ。いい機会だからちょっと参加して来る】
なんですと?!
金持ちの集団に、あのタスキで突入するつもりなのか、コイツは。
「ちょっとって――やめなさい、善良なニューヨーク市民の皆さんを騒動に巻き込むのは」
【何を言ってる。たかが中古品を持っていくだけで、なんの騒動が起きるって言うんだ】
やっぱりぃ…。
ヤバい、あのキラキラボックスなら、かなりの高額品とでも釣り合ってしまう。
高校生が扱って良いものの範疇を超える、確実に。
「だからそうじゃなくて」
【交換状況と写真はメールで送るから、データ整理よろしく。時間許す限り、こっちで実験を続ける予定なんで、参加希望のメールにはその旨返信しておいてくれ】
こっちの話を聞く気ないわね。
しかしそれにしても、アメリカでの物々交換?ンなこと出来るワケないでしょうが。アッチの人たちのマネー依存は、日本とは比べ物にならないはず。
「詩乃美、悪いこと言わないから、それは――」
【じゃあ、よろしく】
画面は容赦なく暗転した。
しばらく固まっていたわたしは、なんとか意識を戻して、やるべきことを思慮する。
そして数分の後。アメリカ国内のニュース報道を検索するべく、キーボードを叩きまくった。
その後、詩乃美からの連絡はしばらく途絶えた。加賀美君も同様。どれだけメッセージを送っても、返信は来ない。ただ、既読だけがついている。
ようやく連絡が来たかと思えば、LINEに写真が一枚と、短い一文。
〝空も海も青くて広い、カリブ海は最高〟
カリブ海??
メッセージ通り、海に面した風景の中で、仲睦まじくツーショットで映っている詩乃美と加賀美君。着ているのは色鮮やかなシャツ。帽子をかぶって、派手なサングラスまでかけている。
南国に新婚旅行に行きました、と言っても信じてもらえるんじゃないか、コレ。
けど、そんな訳ないだろぉ!何やってるのよ、あいつ等は。
以来、帰国するというメッセージが来るまで、何の音沙汰もなくなってしまった。
成田空港、コロンビアからの便が到着したのは、しばらく前。
「ただいまー。いやー、なかなか充実した旅だったよ」
「うん、僕も楽しかった。詩乃美ちゃんとこんなに長いこと一緒に入れて、本当にうれしかった」
空港に降り立った脳天気カップルに、脳天踵落としを極めたい。
ガラゴロと大きなスーツケースを引きずる二人は、すっかり日に焼けて、まさにバカンス帰りそのもの。
当然だわね。
「日差しが強かったんでしょう、大変だったね」
ニューヨークではそれほどじゃなかったんだろうけど、随分豪快な道草をしたからね。
「赤道直下の南米なんて日射しの強い所に、気楽に行くもんじゃないわよ、まったく」
「まぁその辺の事情は、後でゆっくり説明するよ」
有無を言わさずハグしてポンポンと肩を叩く詩乃美。コイツ、ちょっと会わない内に距離感がラテン化してる。
「とりあえず帰宅しようじゃないか。良一も早くゆっくりしたいだろう」
「うん、お土産も渡したいしね」
この、お気楽カップルが。
「それはいいんだけどさぁ」
間近に来たら言ってやろうと思っていたアレコレが、あっという間に溶けて消えてく。代わりに出てきたのは、現状をどうするのかと言う疑問だけ。
「後ろでスタンバってるサングラス部隊は、どうするつもり?」
なにかあれば、即、敵を無力化する訓練を受けたプロ。そうとしか見えない方々が数人、男女混在で詩乃美と渡瀬君の後ろにピッタリくっついている。まさかとは思うけど、銃火器携帯じゃないでしょうね。
「ああ、彼らは空港を出たら、任務完了だそうだ。報告と必要な情報交換が終わったら、帰国する」
「警察や公安関係が出てくるような真似はするなって、言ったよね」
「おいおい、ワタシが望んでこんな状況になったわけじゃないぞ。成り行きだよ、成り行き」
「面白がって首を突っ込んだんじゃないの?」
「そんな訳がないだろう」
心外だと大げさなリアクションで叫ぶが、詩乃美の場合、自覚がないだけだという場合もある。
「大体だな、彼らがガードしているのは、ワタシと言うよりコレなんだからな」
と言って、胸元から服に隠されていた首飾りをひょいと取り出した。
途端に、後ろの黒メガネ軍団に緊張が走る。
「なにそれ?」
一見すると、緑色をした長方形の石を革ひもで括っているだけの素朴なネックレス。チョコレートバーくらいの大きさかな、身につけるにはちょっと大きすぎる気もするけど。
よく見ると、なんかすごく深みがあると言うか、綺麗な色。
「石だよ」
見りゃわかる。でも。
「それで済ますな、絶対なんかあるでしょうが。置いとくだけで毒素を撒き散らすような危険鉱物とかじゃあ」
「まさか、そんなモノを詩乃美ちゃんの肌に触れさせるわけないだろう」
加賀美君が憤然と述べる。
そ、そうよね。加賀美君が一緒にいて、そんな危険なものを詩乃美に預けるわけがない。
「ただの石コロだよ。あっちで交換した最終品だ」
「へ?」
交換した?じゃあ、それは例の実験、その成れの果て…。
「掘り出されたまんまの形だからな。一応洗ってあるとはいえ、こうして装飾品にするのは一苦労だった。結構嵩張るんだが、スーツケースに入れたままだと、どこに無くすかわからないと言われてな」
をい、ちょっと待て。
「ほ、掘り出したって――それ一体なんなの?」
詩乃美たちがいたのは南米、あそこで採掘される緑石…ま、まさか。
だって、あの大きさだよ。
「ん、ああ、エメラルドだよ。原石だが、なんか随分御大層な名前を付けられていたな」
うぎゃああー!




