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3.その旅立ちに付いていけない

「たのもう!」

 道場破りもかくやな声掛けで開けたのは、情報処理ルーム。いわゆる、パソコン教室。

 今の時間なら部活動で使用中ね。

「おう、来たか」

 応じてくれたのは、野崎冬馬。わたしたちとおなじ二年生。

 このパソコン部は我が校でもかなりの名物部活動。なにしろ、全国プログラミング大会三年連続ベスト四入りだもの。

 そんなクラブのメンバーと言えば、普通はインドアまっしぐらなヒョロ達ってイメージじゃない。

 ところが、我が校のパソコン部員達はちょっと違う。

 いや、そういう連中もいるにはいるけど、半数くらい。残り半分は、縦も横もゴツイ体育会系なんである。

 今、わたし達を迎え入れてくれた野崎冬馬なんて、身長は二メートル近く、体重は最早推定不能。全身筋肉モリモリの偉丈夫。

 それも当然で、彼は柔道部員でもあるから。先日の団体戦では、中堅を務めた程の実力者、当然黒帯の猛者。

「待っていたぞ。今評判のわらしべ長者殿にご指名頂けるとは光栄だ」

「わらしべ長者?」

 いや、アンタのことでしょう、モロそのまんまじゃない。

「ああ、物々交換のことか。いつの間にそんな言われ方をしてたのやら」

「はっはっは、初めて聞いたときには、どこかのネタをふざけてパクっただけのお遊びかと思ったが、先日の放送を聞いて、これは至極真っ当で真剣な実証実験だと感服してな」

 そこで感服しないで欲しい。

 ヤバイ、コイツもかなりな曲者だわ。

「それは光栄だ。ワタシとしても、賛同者は多ければ多いほど助かるのでな」

「うむ、それで今日はこの俺に交換を持ち掛けて来てくれたのだろう。わざわざこちらの部活中を指定したのは、PCに関係する物を持ってきてくれたのか」

「まぁそういうことだ。これなんだが」

 と言って、例の一テラSSDを見せる。途端に野崎部長の顔に満面の笑みが浮かんだ。

 しかし、この人が全霊で笑うと、迫力満点だわね。今しも果し合いを申し込まれるんじゃないかと、腰が引けるわ。

 しかし、詩乃美にそんなデリカシーは皆無。ついでに言えば、後ろで控えてくれている加賀美君も、全く動じることなくニコニコしている――けど、なんだろう、どことなく妙な黒い圧が…。

「これはうれしいな。外部記憶装置はいくらあっても足りなくてなぁ、最近では過去のディスクまで初期化して使っている始末なんだ」

 をい、このクラブは一体ナニを作ってるのよ?

 ここには何台ものPCだけじゃなく、かなり立派なサーバーだってあるはずなんだけど、それでも足りないって?

「それは大変そうだな。しかし、それなりに活躍しているみたいじゃないか。聞いたよ、Eスポーツのチームに入ってスポンサーが付いたメンバーが出たって。学校をやめてそっちに集中したいと言うのを、親や教師達が必死で引き留めたそうだが」

「さすがに耳が早いな。俺としては、本人の意思を尊重したいところだったんだが、確かに卒業資格は取っておくほうがなにかと融通が利くそうだからな」

「そういう業界でもか?」

「むしろ、関係各種の資格試験を受けるのに、学生身分の方が良いらしい。ゲームの他にも色々才能がある奴だからな、将来この分野を背負って立つ人材になって欲しいと思ってるんだ」

 なんか、すごく深い話が広がっているような…。この分野って、なんだろう。

 いや、それよりこのクラブって、本当にただの校内部活の一つなの。

「詩乃美ちゃん、そろそろ交換を始めないと、時間が減るよ。次の検証もしないとね」

 加賀美君が声をかけてきた。

 その手に例のダブルリングノート。記入準備は既にバッチリ、ペンを持って控えている。

「ああそうだった。野崎君、今日の本題だが、このSSDとなにかを交換してくれるか?」

「うむ、一応これを用意してきたんだが」

 といって野崎部長が紙袋から取り出したのは、辞書くらいの紙箱。

「これではいささか物足りんかな。もう少し色を付けるべきだったか」



 去年わたしたちが入学した際、各部活の紹介があって、その際我が校の情報処理部――パソコン部の成り立ちが結構詳しく説明された。

 そうでなければ、結構特殊なこのクラブの事情を理解できない生徒が大勢出るからだそうで、まぁ確かにその通りだったんだけど。

 パソコン部が文科系と体育会系の混合メンバーになったのは、創設時の事情にある。

 聞いた話だと、かのWindows95が世を席捲した頃らしい。

 当時は正式な部活でもなく、いかにもなオタク生徒たちが集まったささやかな同好会だった。それが、ある一人の生徒が入部してガラリと事情が変わった。

 彼は、サッカー部のレギュラーメンバー。それが、試合中だか練習中だか知らないけど、サッカーをやっている真っ最中に怪我をしたんですって。

 幸い再起不能にはならず、治療とリハビリで復帰できたそうだけど、さすがにいくばくかの時間が必要で、その治療時間の間に、元々興味があったらしいパソコンに手を出した。そして、地味なオタク部だったパソコン同好会に兼部で籍を入れた。

 元々サッカー部でも頭脳派と言うか、動くより先に色々考えて対策を立てるのが好きなタイプだった彼は、データ解析というスキルを手に入れて、その能力を別方面に開花させた。

 復帰後、彼は以前より更に優秀な選手として活躍。全国大会を驀進して我が校をサッカー名門校に押し上げた。

 その根底にあったのは、たゆまぬトレーニングと同時に、敵味方関係なく収集しまくったデータによる試合運びだとかなんとか。

 その辺、わたしにはよくわからない。頭の良すぎる人って謎が多いもんね。

 ただ、後にパソコン部に入った同級生が言っていたけど、その彼はサッカーだけでなく、校内のありとあらゆる運動部に出向いては選手たちの身体能力をあさりまくった。実に偏執狂的な行動だと思う。

 けれども、そんな変態行為――いえ、研究成果が功を奏して、当時のサッカー部がもの凄く強くなり、怒涛の如く勝ち進んだと思えば、まぁ大したものなんでしょうね。

 それからだ。

 運動部部員が、マネージャーが、顧問教諭が。スコアなどのデータをパソコンを使って記録したり、練習方法や必要機材の検証をインターネットで行ったりするようになり、〝解析要員〟と称する兼部部員が大勢入部届を出した。

 かくて同好会は即座に正式部活に昇格。

 今や、オタクヒョロと体育会系マッチョが両輪を担う混在部活として、学校名物になってる。

 学園祭の出し物なんて、最早カオスだったものね。身体計測を基にしたスポーツゲームが、オリジナル作品だなんて、他の学校ではそうそうないんじゃないかな。



 野崎君が交換用として用意していたのは、Wi-Fiのルーター。

 それなりに名の知れたメーカーの品で、性能はかなり良いものだったはず。

「先月まで我が家で使用していた、まぁ中古品なんだが、充分今でも使える物だ。最先端の物とは言い難いが」

「いやいや、これは相当なものだぞ。いいのかね?」

「先週新しいものを購入してな。今は家電もネット回線でつながる時代だろう。電波が二階の隅まで届くようにと母親が主張して、コイツは引退したんだ。もちろんパスワードは変えてある、控えはこれだ。これからなにかと交換するなら、その都度変えてくれ」

「感謝する」

 詩乃美がルーターの箱とメモを受け取ると、加賀美君が後ろからすっと出てきて、ノートを野崎君の前に差し出した。

「じゃあこれを確認して、サインを」

「うむ」

 なんの憂いもてらいもなく、ノートにサインする野崎君。

「よし、じゃあマヤっち、これとこれを写真に撮ってくれ。ああ、出来れば野崎君も入ってもらおうかな」

 加賀美君がノートになにかを付け加えている間に、スマホで写真をパシャリ。

 机の上に並んだSSDとルーター、それからそれらを持って並んでいる詩乃美と野崎君のツーショット。

 撮った写真を詩乃美と加賀美君とで作ったグループLINEに上げて終了。

「じゃあ、これからはマヤっちに最終管理をしてもらおう。現地記録は良一にやってもらうとして、まとめておくデータの拠点がどこかに欲しいと思ってたんだ」

 実に楽しそう。

 これはやめろと言われてもやめないだろうな。

 こういう訳のわからない実験だのなんだのは昔から時折やらかしているが、とにかく自分が満足するまで辞めないのが渡瀬詩乃美という女なのよね。



 ただ、これだけは言っておかなばならない。詩乃美がなにかを仕出かす場合、好奇心に駆られてなら、まだマシ。

 これがなんらかの理不尽に対する反発だった場合、もれなく誰かがブチ切れて廃人化する。

 痛い目を見るのは詩乃美じゃなく、彼女を怒らせた誰かさんたちなんだけど、正直言って気の毒に過ぎる。まぁ確かにどいつもこいつもクズな連中ではあったけど、あの状態で寿命まで生きねばならないと思うと…涙が。

 加賀美君と付き合うきっかけになった騒動に至っては、ふんぞり返っていたおバカさんたちを叩き落した結果、もうちょっとで日本有数の大企業が崩壊するところだった。

 日本経済を私的感情で引っ掻き回すなと思いっきり説教したけど、あのマイペース娘はどこ吹く風だ。

 さすがに今回それはない、と思いたいけど…なんか、嫌な予感がする。



 その予感は結局大当たりする。

 発端はこの時、野崎君が何気なく口にした問い。



「ところで渡瀬、その実験は校内だけなのか?」



 数日後、詩乃美と加賀美君は、データ整理をわたしに押し付けて、一緒にどこかへ出かけた。

 わたしは覚悟を決めて、これまでの交換経過をじっくり読ませてもらったんだけど…思った通り、溜息しか出ない。

 交換だけならまだいいんだが、各項目に、ちょいちょいっと危険な備考が載っている。

 ルーズリーフとメガネクリーナーを交換したお堅いと有名な委員長。意外な趣味をお持ちですね、でもちょっと、そこまで行かなくても。

 タオルとカードケースを交換したサッカー部部長。アレにハマってたのは小学生の妹じゃなく、自分自身だったのか。

 参考書と写真集交換の三年生首席。受験勉強のストレス発散なんだろうけど、そのコレクションはバレたらヤバいって。

 それでも生徒はまだいい。

 校長先生や教頭先生にご贔屓キャバクラや嬢がいることは知ってたけど、そこまで貢いでたらヤバいんじゃない。

 生活指導をしている教師が、闇と名のつくあんな場所の会員だなんて、いつガサ入れが来るかわからないわよ。

 清楚で人気の女性教師が、ご奉仕系バイトって、色んな意味でアウトでしょう。

 大人って、汚い。

 ああもう、こっちの苦悩をよそに、あの二人は今頃何をしてるんだか。

 どうせ久々に普通のデートにでも行ったんだろう、頭を抱えてる独り身の親友をほったらかしてよくやるわよ。

 とか、ちょっと僻んでいたんだけど。



「マヤっち。次の連休、ワタシと良一はちょっと泊りがけで出かけてくるんで、メールチェックと仲介を頼む」

 と、直球ストレートで言われ、思わず机に頭突きしてしまった。

「詩乃美、あんたそんな堂々と婚前旅行なんてっ…」

「婚前って、えらく古い言い回しだな。だが誤解しないでくれ、この!」

 と言って、例のタスキを掲げる。

「実験のため、長距離移動するだけだ」

「…」

 声が出ねぇ。

 だって、そのタスキは前に見たものとは明らかに違ってるんだもの。

 色は金色、ラメたっぷりで、縁取りは更に濃い金泥ときたもんだ。しかも書いてある文字が、なぜかアルファベットになっている。

「…なにそれ、まさか」

「うん、ちょっと日本を出てくる」

 近所のコンビニに行ってきます、くらいのノリで、とんでもないことを抜かす親友。

「で、出てくるって、一体どこに行く気なのよ」

「とりあえずアメリカだな。ニューヨークの知人に状況を説明して、交換品を用意してもらっている。幸い先日のルーターが良いものと交換できたから、この機会にワールドワイドを目指すことにした」

 目指すな、そんなモン!しかもとりあえずってなんだ、とりあえずって。

「良一に相談したら、すぐに現地での宿泊や渡航手続きも整えてくれた。ファーストクラスじゃなければ嫌だと駄々をこねて、席を取るのに手間取ったがな」

「…結局、ファーストなのね」

 加賀美良一、君は一体この狂気に満ちた女にどこまで…。いや、そんな事より。

「どうしてわたしを連れて行かないの?」

 そうすれば、いかがわしい疑惑も薄れるだろうに。

「ん?マヤっちは確かパスポートを持ってないだろう」

 そ、そうだった。

 詩乃美は数年前、なにやら家族の用事とやらで外国に行ったから、パスポートを持っている。が、わたしは渡航する機会なんてなかったから、未だに外国に行く手段を得ていない。

「正直なところ、マヤっちがパスポートを取るまで待って一緒に行ってほしかったんだが、相手もいることだし時間が惜しくてな。なにより、今度の連休は長期だから外したくないんだ」

 …ううう。一緒に行きたくないような、行かないと不安なような。

「向こうでの活動と交換状況は、都度連絡するよ。マヤっち、こちらに入る交換希望や状況の問い合わせは任せていいだろう」

「…そうね」

 少し前から交換の実証実験とやらは、親しい者達への申し込み→校内の噂→口コミ、と進化を遂げ、今や専用のメールアドレスを介した申し込みへと移行している。

 SNSや無料動画サイトに情報を上げると、妙な冷やかしが混じりやすいと言うのが詩乃美の意見。

 わたしが参入する前は詩乃美が直接対応していたけど、今やすっかり丸投げされている。

 おかげでどう考えても常識を外れた品物が対象になるのは防げているが、別行動――しかも、外国で動くとなれば、一体どんな危険物を引き寄せるやら。

「し、詩乃美、くれぐれも――いい、くれぐれもよ、警察や公安関係が出張ってくるような代物を扱わないで」

 それこそ真剣に、必死で言った台詞なのに。

「ハハハ、そんなことか。心配は無用だ、ワタシはこれでも合法を第一に活動しているんだからな」

 よく言うわっ!

 あんたの合法(ソレ)は、いつも上に〝ギリギリ〟がくっついてるじゃないか。

「詩乃美ちゃんっ!」

 ああ、また頭痛のタネが。

「良一、準備はできたのか?」

「もちろん!色々揃えたし、手続きもバッチリだよ。ワッセナーもバーゼルも、ちゃんとチェックしているから心配しないで」

 ん?なにやら聞き覚えのない単語が…。

「キャッチオールに問題が無ければ、まず大丈夫だろう。ただ、飛行機会社への申請は必要か」

「手荷物にすれば、あんまり気にしないでいいと思う。ごめんね、自家用ジェットが使えれば、心配なかったんだけど」

「父上が使っているなら仕方あるまい」

 会話の内容を気にしなければ、仲の良い恋人同士の会話だけど、自家用ジェットがどうたらなんて台詞は聞きたくなかった…。



 と、その時は少しウンザリしただけだったが。

 週末、共に飛行機に乗る二人を見送った後、ふと気になって〝ワッセナー〟だの〝キャッチオール〟だのを調べてみて――一瞬意識が刈られた。


 あんたら、輸出規制を気にしなきゃならないような代物を、どうする気なのよぉ!


ワッセナー・アレンジメント

 通常兵器及び関連汎用品・技術の輸出管理。通称、新ココム

 *人や街を木端微塵にしちゃうようなモノやその材料は、海外に出しちゃダメだよ。


バーゼル条約・バーゼル法

 有害廃棄物の国境を越える移動及びその処分の規制

 *有毒なゴミをよその国にポイするんなら、これだけは守ろうね


キャッチオール規制

 補完的輸出規制 大量破壊兵器もしくは通常兵器の開発、製造、使用又は貯蔵に使用・転用可能を認知。又は経済産業大臣から、許可申請をすべき旨の通知を受けた場合には、輸出又は提供に当たって経済産業大臣の許可が必要となる制度

*核兵器とか、毒ガスとか、細菌兵器とか、普通の武器も造れちゃったりするモノを勝手に持ち出さないでね。


参考:経済産業省ホームページ


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