10.クリスタル クリプティッド
外務省の通訳さんが、絶望と共に消えていってから、数日。
詩乃美の手には、妙ちきりんなカプセルが収まった。
中になにか入ってるのは見える…ちょっと大きめの、石?
「聞くのは怖いんだけど、ほんっとうに恐ろしいんだけど、あえて聞くわよ」
ニコニコ。災厄を物ともしない親友は、上機嫌で頷く。
「詩乃美、手に持ってるそれ、なんなの?」
ああ、答えを聞きたくないような、聞かねばならないような。
「なに、世にかなり出回っている代物さ。今やメジャーになりすぎて、あちこちで持て余しているらしいがな」
うんうん、なるほど。
「で、その名前は?」
「ウラン鉱石だよ。極上品だとかぶち上げていたが、どこまで本当なのやらだ」
「…」
「一応聞いては見たんだが、さすがにプルトニウムそのものは国際法上にも無理だと言われてな。専用容器に入れる必要はあるが、これなら原石でもやり取りできるからと」
「んなっ!」
ヲイ、ちょっと待て、それは世界でもっとも危険な…。
「詩乃美、百歩譲ってオイルショックまでは許容範囲だけど、さすがに核戦争は許せないよ」
何が怖いって、コイツならお気楽気分で核発射スイッチを押しかねないことよ。
「当然だ。ワタシは世界征服はともかく、人類滅亡を良しとはせんよ」
嘘やっ!
コイツは地球規模の災厄が起きたとしても、一人でしぶとく生き残り、『案外もろいもんだったな』とかほざく奴だ。
そうだ、渡瀬詩乃美こそ恐怖の大魔王にちがいない。あっちこっちで予言されてるという大災厄はきっとこのむすめのたんじょうをさしてるんだなんぜんねんもまえからせかいのおわりをひきよせるやつとしていろんなよげんしゃのくちをかりて――。
「和田さん、なんか瞳孔がおかしくなってるよ!正気に戻って」
あら、加賀美君。君っていつからいたんだっけ?
「最初からいたに決まってるじゃないか。和田さん、ここに来た時から、詩乃美ちゃんの手元しか見えてなかったね」
苦い笑いを浮かべる変人の奴隷――いや恋人は、それでもなお麗しい。
思えばコイツがいたせいで、詩乃美の暴走は加速してるんだよなぁ。とは言え、あの娘を一人にしておくと、それはそれでどこへすっ飛んでいくかわからないし。
悩ましい問題だ。
ここは学校の中にある準備室の一つ。出入口を除いた四方の壁に沿っていくつもの棚が置いてある、おかげで狭いのなんの。でも、中央には机と椅子がそろってて、それなりの手順で作業が出来るようになってる。
登校してきた詩乃美は、教室に鞄を置くとすぐにここへやって来た。
そう言えば鍵を開けたような様子はない。どうやら加賀美君は先んじてここで待機していたみたい。
わたしは昨夜、詩乃美から例の王子様との交換が済んだと連絡をもらい、正直そこからの記憶がない。
気付けばいつも通りに登校し、いつも通りに詩乃美と挨拶を交わして、いつも通り彼女の後に付いてきた――みたい。
「やっとまともに戻ったか。マヤっちは時々話が通じなくなるのが困りものだな」
「…」
それはほぼほぼアンタがらみの騒動が原因よ。
今回だってそう、事もあろうにウラン鉱石ですって?
「それより、そんなモンをどうしようって言うのよ。ウランなんて、普通に暮らしている善良な市民には無縁の代物でしょう」
「心配するな、次の交換相手はもう見繕ってある」
なんですと!?
「し、詩乃美、まさかとは思うけど、妙な組織とか団体とかが接触してきたんじゃないでしょうね」
核融合に使われるほどの物質を取り出すためには、物凄い量の天然ウランが必要だそうだから、あんなカプセルに収まる程度じゃ到底足りやしないとは思うけど。
「あん?妙かどうかは知らんが、きな臭い連中の接触なら日常茶飯事だからな、コレが目的かどうかはいちいち確かめる気にもならんよ」
「…そうだったね」
そういやそんな連中は、昔からこの娘の周りにわんさか湧いて出てたっけ。
具体的になにが目的なのかわたしにはイマイチよくわからなかったんだけど、大体いつの間にか顔ぶれが変わってて、前の連中は二度と出てこなかったから、もう気にもならなくなってた。
「ああいう輩にワタシの実験をかかわらせるつもりはない。これでも一応相手は選んでいるんだ」
「それは良かった…」
うん、本当に良かった。
「あれ、じゃあ次の相手って誰なの?」
そこが一番肝心。
「ああ、しばらく外部の人間が続いたからな。久々に学校内に戻っての交換だ」
なんですと?
「詩乃美ちゃん、部長さんが来たよ」
絶妙なタイミングで加賀美君が声をかけてきた。――部長さん、だと?
「ああ来たか、わざわざすまんな。早速モノを確認したいんだが、これで良かったかな?」
加賀美君の後ろにいた人物は、掲げられたカプセルを見るなりすっ飛んできた。
おや、あれは――。
「ああっ!間違いない、本物のウランだ。なんて綺麗なんだ」
うっとり。
そうとしか言えない表情で、透明カプセルに縋りつく男子生徒。
ゴメン、ちょっと引いた。
「そこまで欲しかったなら、ネットででも買えばよかったんじゃないか?」
苦笑いして詩乃美が言えば、彼女の手元に頬擦りせんばかりの彼は少し悔しそうな顔を作り。
「ああいうのは結構高額なんだ。専用容器も必要になるし、購入となると親に知られて取り上げられかねない。そうなったら、扱いを知らない素人の手で台無しになってしまう」
あかん、こいつは本物だわ。
世にマニアと呼ばれる輩は大勢いるけど、なにが厄介って、そういう奴らは夢中になっているモノの扱いに容赦がないってこと。
「さすが地学部の部長だな。聞けば随分大層な鉱石コレクションを持っているそうだが、これはその中に入って遜色ない代物なのか?」
ああ、そうか。わたしも噂くらいは聞いたことがあるわ。
我が校の名物部活の一つ、地学部で二年次から部長職を務めている男子生徒、真庭篤。
高校生にして、日本全国津々浦々山々草原を渡り歩き、ありとあらゆる鉱物を採取することをライフワークにしている有名人。
平日は地学部、休日は野山。長期の休みともなるとテント一式を担いで山に籠り、鑿と鏨で岩を削り続けるガチな山師だそう。
「もちろんだ!これは特別な棚に入れる予定だよ。ああ、本当に楽しみだ」
うっとり。
そうとしか言いようのない顔でカプセルを撫でまわす男子高校生。
なんだかなー、いいのかそれ?って気分がひしひしと…。
「あの、真庭先輩。参考までにうかがいたいんですけど、その鉱石、自分で堀りに行こうとは思わなかったんですか?」
彼はその道ではもうかなりの上級者らしいし、聞いた話だけど日本でもウラン鉱石が採取できる所が無いわけじゃない。
「そうしたいのは山々だったんだけどね、こういう物は地主や自治体の許可が無いと盗掘扱いになって、逮捕案件なんだ」
なんとも言えない憂いを帯びた表情になって語る山師――じゃなくて、学年先輩。
「高校を卒業するまでは、外国へ採掘に行くなって親から釘を刺されてるし、本当に指をくわえてるしかなかったんだよ」
「はぁ、そうなんですか」
…親御さんの苦悩が思いやられるわね。
彼が家を空けるのは、さぞ心配でしょうね。なにせ、前人未踏の山奥まで平気で分け入っていくそうだから。
「で、真庭部長。物は満足してくれたようだが、交換品はなにを持ってきてくれたのかな?」
テンション爆上がりの真庭先輩に、詩乃美の冷静且つ容赦のない一言が刺さる。
「こう言っては何だが、ワタシ自身コレの価値はよくわからなくてね。取り合えず、実験の流れで受け取ったはいいが、金銭的な尺度で図ることは難しいと感じていたところなんだ」
取り合えずって…世界でもトップクラスのエメラルドと交換したモノが、コレよ。
「そうだね。まぁお金で換算すれば、それほど価値のある物じゃあないかな。でも、持っているのといないのとでは、満足感が段違いだよ。僕はオークションで幾らついたかなんて興味もないけど、土の中から出てきた物には無限の愛情を注いでいるんだ。宝石も鉱物も同じだよ」
店で売ってる数百カラットのダイヤモンドより、自分で掘り出したアンモナイトの化石の方が大事なんだと、熱く語る地学部長。
「大地から採れる物は、鉱物だろうが植物だろうがプライスレスだと僕は思う。そりゃあそれを採掘したり収穫するためには、多大な苦労とお金が必要なんだろうけど、結局のところ偉大なのは人間じゃなく地球そのものだって証明じゃないか――だからこそ」
どうやら彼も己の趣味なんだか信念なんだかに突き抜けた人みたいね。
このまま放っといたら、地学部長のご高説を何時間単位で聞かされそう。んな疲れる苦行に付き合ってられるか。マニア特有の長広舌が始まる前に、話を進めないといけない。
「それは随分立派な主旨だと思うけど、とりあえず今は交換品を見せてもらえないかな」
わたしが声を挟むと、真庭部長はハッと正気に戻った。
「…あ、あぁそうだった。すまないな、つい熱くなってしまって」
いや、それについてはもう突っ込まないから。
「じゃあ、コレなんだが」
と言って、真庭先輩が鞄から取り出したのは、黒い布で包まれたナニカ。
机の上に置いて、結び目をシュルリとほどく。ああ、アレは風呂敷か。
現れたのは、きらりと光るハート――なに、アレ?
「ほう、水晶か」
詩乃美が珍しく感服しきりな声を上げる。
「なんとも見事な物じゃないか」
「先日の連休で採取したばかりだよ。日本式双晶、透明度・照り・大きさに形、どれを取っても一級品。僕のこれまでの採掘人生の中でもトップクラスの逸品だよ。ガマの中からこれを欠けることなく取り出せた時の感動といったら…思い出すだけで…」
思い出してうっとりしている。ちょっと、コレかなりヤバいんじゃ。
「落ち着いてくれ、真庭先輩。しかし気持ちはわかる、これは滅多に出ない極上品だ。単純に宝飾品としても価値が高そうだが、これほど完璧な夫婦水晶は初めて見た」
「だろう、もうこれは磨いたり削ったりせず、このままの形にしておくのが一番だよ」
「なるほど、だから置台に直接組み込んであるのか」
よく見れば、透明な石の下に、更に人工物っぽい透明な台が据えてある。なるほど、このまま飾れるってことか。
「しかし、ここまでの物を出されて、こちらは大して役に立つとも思えない鉱石とは。少し、見劣りしてないか?」
「とんでもないよ。聞いたけど、このウランは凄いエメラルドとの交換品らしいじゃないか。正直に言うけど、水晶や鉱物はもう結構掘り出しててね、家の庭に専用のプレハブを置いてもらってるくらいなんだ。自室に置いてあると床が抜けると母親が騒ぐものでね」
どれだけあるんだ、それは。
「それはさぞ見応えのあるミネラル博物館だろうな。だが、これはその中でもかなりの上位なんじゃないのか」
「確かにそうだけど、上物と言えばこのウラン鉱石だってそうさ。卒業したら本格的に世界中を回って鉱石探しをするつもりなんだけど、そのためのサンプルだと思えば惜しくない」
これ本気も本気の言葉だよね。
「ほう、それは大したものだが、大学はどうするんだ?どうせなら専門的な研究をする場に行って、博士号の取得をする方がなにかと便利だろう」
「もちろんそのつもりだよ。だけど、フィールドワークと座学は両立してこそだ」
力強く宣言する彼の目に迷いはない。
「大学生なら長期の休暇も取れるしね。アメリカやロシアの化石採集にだって参加したいし、確かな筋の研究施設所属という肩書を手に入れるためなら、大学入学が一番確実だ」
コイツは…。
「人生を趣味に捧げるか。うん、実にワタシ好みだ」
詩乃美ぃ、だからあんたはどうしてそう、変人っぷりを加速させるようなことを…。
頭が痛くなってきたけど、まぁこれはいつものこと。
考えてみれば詩乃美が認める人間は、優秀な才能を持った者ばかりよね。どっか突き抜けていてドン引きすることも多いけど、遥か高みを目指せる人材なのは間違いないわ。
真庭先輩だって、このまま行けばきっと。
「お前ら、こんな所でなにをしている!」
突然の怒号と扉を叩きつける音が響き渡った。
驚いて入り口を見れば、ゴツイ体系の中年教師が仁王立ちしてこちらを睨みつけている。
「渡瀬に真庭か。お前ら一体なんの悪さを企んでいるんだ、ああん?」
目つきが悪い。
ああ、また面倒くさいのが。
「三門先生。悪さとは人聞きの悪い、地学部の顧問から準備室の使用は許可を取ってありますよ」
真庭先輩が毅然として言い返すと、生活指導の三門教諭はフン!と鼻を鳴らしてこちらを睨みつける。
「こんな狭い部屋でコソコソすること自体がロクでもないんだ。お前たちのようなガキどもがだな」
今の世の中、コンプアイランスが問われて久しいっていうのに、この時代錯誤な教師だけが平成どころか昭和の常識で生徒たちに睨みをきかせている。
近い内に問題を起こすんじゃないかと言われているわ。
正直生徒としては、気が気じゃない。
「大体、渡瀬詩乃美!お前なんぞ、まともに高校生をやっていること自体、ロクなもんじゃない。最近じゃふざけた活動で校内を引っ掻き回して、どれだけ迷惑をかけるつもりだ」
あ、これはマズい。
この教師、前々から詩乃美のことを嫌って、アレコレと変な口を出してきてた。
教師として生徒のため、なんて今やだれも信じてない。本当に、渡瀬詩乃美自身を厭って、理不尽を平気でやらかすんだもの。
だけど、その全てを詩乃美はさらりとかわしてきた。相手にする価値もないと、本気で蔑んで。
もちろん公然と表には出しちゃいない、でもそういうのは敏感に感じ取れるらしい。
歯噛みしていたんだろうけど、なにしろ詩乃美は成績トップクラス、スポーツも人並み以上にこなす優等生。
担任や、弱みを握られてる校長までもが防波堤になって、これまでしのいできたけど、これは。
「もういい加減、お前のような下らん生徒を野放しにするわけにはいかん!覚悟してもらおうか」
「覚悟するのはどちらかな」
詩乃美がさらりと言葉を発した。
「三門先生、そこまでおっしゃるなら、このワタシを完全に敵に回す意思があると判断してよろしいか」




