番外編 霊能体質は生きづらい。と、地縛霊は考える
遅刻~~~。。。
「と、思うのよ。わたしは」
呟いたわたしの言葉に、少年――翔は一瞥を向けてきた。
彼が返事を返してくることは決してない。
それと知っていてもわたしは常々思っていたことを口にする。
返事がなくとも律儀な少年は、ちゃんと話を聞いていてくれると知っているので。
わたしの話しを、いや声を、聞いてくれるのは翔と、彼の視線の先で友人と騒いでいる少女だけだ。
まあ、少女――柚希がわたしの声を認識できるのは特殊な状況下のうえ、わたしが安易に話しかけることは彼女にとって良い影響とはいえないので我慢しているのだが。
わたしはいわゆる幽霊、地縛霊というものだ。
学校という場所に囚われて幾数十年。たった三年間を小さな箱庭の中で謳歌する少年少女を見守ってきた。
死んだ当初は深い未練もあったのかもしれないが、いまではもう覚えていない。
成仏し損ねた程度にしか考えていないわたしは、この学校という狭い世界で移り変わっていく色々なものを眺めているだけだ。
それが案外楽しい。
特に恋愛事情はとても楽しい。
わたしが生きていた時代は結婚相手は親が決めるものだった。
自由恋愛という言葉が流行りだしてはいたが、どこか遠い場所でのことのような気がしていたものだ。
それがどうだ。
いまや高校生など初恋はとうに済ませ、見ているだけでも恥ずかしい甘酸っぱい青春から、ときに泥沼な三角関係まで演じられるのだ。
わたしは自分が幽霊であることを利用して、幾多のドラマチックな物語を時に草葉の陰で、時に傍らで、時に間に割り込……とにかく、間近で疑似体験を……ではなく、つまり見守ってきたのだ。
長い年月の中で、多感な年頃と言うこともあるのだろう。多少の霊感を持つ子供たちはいままでも一定数が存在した。
そういう子供たちからは距離を取るようにし、生活の邪魔をしないよう注意してきたが、皆がわたしのような礼節を守る霊ばかりではない。
この間、柚希と翔ともふもふなぬいぐるみに半強制的に成仏させられた幽霊少年のように、どろどろねちっこい怨嗟を振りまく輩のほうが多い。
わたしなどは、他人の恋愛事情をのぞき見るなど、もっと有意義な幽霊ライフの送り方があるだろうにと思うのだが。
とにかく、そういう幽霊や霊感をもつ子供たちを見ていて前から思ってはいたのだが、翔と出会ってからはつくづくそう思うようになった。――霊能体質は生きづらい。
「柚希ちゃんのように、魂が飛び出してしまうのも危ないし、変な霊に目を付けられたら大変。でも危ないとか大変とかではなくて、翔くんはとても生きづらそう」
しっかりと幽霊の姿が見えてしまう翔は、霊の存在に反応しないようにいつも気を張っていなくてはいけない。
だがそれだけではない。彼にとって霊とは『いる』存在なのだ。
その気配を視線を感じてしまえば思うままに振る舞えないことも多いだろう。
実際、皆が身悶えるような甘い青春ドラマを起こすのは誰もいない放課後の教室や階段の死角や授業中の屋上などだ。
こと本日二月十四日などは、今の時代もっとも空気が桃色の日といえる。
チョコレートを渡したい女子学生と、貰えるだろうかとそわそわする男子学生の間で甘い駆け引きが行われているのだ。
義理なら堂々と、本命ならいかに人のいない場所に呼び出すか。今日は誰もいない教室も階段の死角も授業中の屋上も大賑わいだ。
わたしは今一度、友人と額を寄せ合っている柚希に目を向けた。
少女の頬が心なしか赤い理由を、彼女の後ろから鞄の中をのぞき込んだわたしは知っている。
だがしかし、誰もいない場所でさえ何かしかの視線を感じているこの少年が、呼び出されてくれる隙を見せるのだろうか。
柚希と翔は同じバイトをしているらしいので時間はまだたっぷりとあるはずだが、やはり学校という空間で渡すことにより特別感は増すというものだ。
案の定、わたしの見ているだけでも柚希は何度も翔に話しかけたそうにして失敗していた。
危なっかしく突撃していくのが特徴の彼女は、それゆえに一度失敗すると次の踏み出しがひどく鈍る。
もう少し翔が配慮してあげても良いのではないかと思うが、分かっているのかいないのか、翔は至極いつも通りに無闇に近づくなオーラを出して過ごしていた。
だからわたしは、少しだけお節介を焼くことにした。
「翔くんは今日がなんの日か知っているかしら」
唐突に話を変えたわたしに、翔は呆れた目を向けてくる。
微かに肩を竦める仕草は、他の人には何でもない動きに見えるだろうが、わたしには先ほどの言葉に対する肯定だと知れる。
まあ、これだけ学校中がチョコレートの匂いをさせていれば当然だろう。
ちらちらと翔を見ていた柚希がしょんぼりと肩を落として鞄を抱える。いま渡すのは諦めてしまったようだ。
柚希の動きに翔も腰を上げた。二人でこれからバイト先へと向かうのだろう。
「……ごめん翔くん。お待たせ」
「もういいのか」
翔が柚希の友人のほうへ視線を向ける。
視線に気づいた彼女は爽やかな笑みを浮かべ手をひらひらと振った。
爽やかなはずの笑顔の中に含みを感じたのはわたしだけではなかったようで、柚希も苦い笑みを浮かべた。
「うん。いいの」
いいのと言いながらため息をつく柚希のつむじを翔が見下ろす。
普段はあまり温度の変わらない瞳の中に心配を滲ませているのを見て、駄目だこれはと思った。
柚希の憂鬱の原因が、自分にチョコレートを渡すタイミングが掴めないせいだと欠片も気づいていない。
だからわたしはあえてデリカシーを捨て、いまは教室内でたった一人にしか聞こえない声で呟く。
「ねえ翔くん。彼女の鞄の中、赤いリボンの箱が出番をずっと待ってるわ」
「……」
外へ向かう柚希を追いかける翔の足は止まらない。
ただ廊下へ出る直前、髪から覗く少年の耳が仄かに色づいていたことに、わたしは満足感を味わった。
挙動不審の局地に至るだろう少女と、照れていつも以上にぶっきらぼうになるだろう少年の、見ているだけで幸せになれる光景が見られないのは残念だが、想いを込めた甘いお菓子が本来の貰い手に渡るのがなによりも肝要である。
霊能体質は生きづらい。
それは確かだが、ならば少しくらい彼らが幸せになれるように、わたしたち幽霊が手助けしてあげるのも許されるだろう。
「おい、いい加減出せ」
「な、ななななななにをっ!?」
「ネタは挙がってんだよ。入ってるんだろ、その鞄に。赤いリボンのもの」
「細かくバレてるっ」
「もうお前ん家の前なんだけど」
「送ってくれてありがとう!」
「……くれねぇの?」
「――――っ、貰ってください!」
次の日、少年の機嫌が分かりにくく良かったです。(by女学生(幽霊))




