マンション五階部屋の怪
深夜、マンションの部屋で缶ビールを飲み終えた男は欠伸をしながら寝室に入った。今日は久しぶりの独り寝だ。
この部屋を一緒に借りた恋人が亡くなってから数ヶ月、気ままに女を呼んでは遊んでいたが、彼女が先に払っていた半年分の家賃がそろそろ終わる。
彼女が死んだことに僅かな寂しさは感じたが、それよりも男の中に込み上げたのは腹立たしさだ。
このままではこの部屋にいられなくなる。
「ったく」
そろそろ実入りのいい恋人を見つけなくてはいけない。
クイーンサイズのベッドに入ろうとしたとき、コツコツと何かを叩く音が聞こえてきた。
コツコツ、コツコツと断続的に続く。
まるでノックのように聞こえなくもない。隣の住人が壁を叩いているのだろうか。
しかし音の発信源を探して見回した男の目に入ってきたのは、部屋の西側にある窓だ。
その窓から音は聞こえる。
「いや、まさか」
この部屋は五階だ。窓の外には人はもちろん猫だっている場所はない。
気味が悪くなった男は、寝室を出てリビングに戻った。
電気とテレビをつけて意味もなく部屋の中をぐるぐると回る。
しばらく部屋の中には男の衣擦れと深夜ニュースの音と、雨の音だけが響いた。
荒れ狂う台風の影響で、断続的に激しい雨が窓を微かに揺らしている。
部屋の中を三周もすると、男の頭も冷静さを取り戻してきた。
「きっと鳥だ。鳥かなんかがサッシに留まったんだろ。別に変なことじゃないさ。なに吃驚してんだろうな俺は、はは……っ!?」
急にテレビにノイズがかかった。ザーザーという耳障りな音が、硬直する男の耳を刺激する。
息も出来ずに固まる男の耳に次に入ってきたのは、ガチャガチャとドアノブを回す音だ。
部屋の中は基本引き戸なので、ああいう音を出すのは玄関くらいだろう。
まるでどうして開かないんだと言わんばかりに次第にドアノブを回す音が激しくなった。
廊下の先にある玄関の音が、どうしてこれほど大きいのだろうか。
小さく悲鳴を上げた男は、少しでも玄関から遠ざかろうと南側にあるガラス戸まで後退った。
「と、止まった?」
玄関の音が聞こえなくなった。
ほっと安堵した男は、今度は後ろからコツコツと音が聞こえて飛び上がった。
窓の外にはベランダがあるが、こんな深夜、五階のベランダでなぜ音がするのか。
「と、とと、鳥だろ?」
盛大にどもりながら、男はカーテンに手を伸ばす。
こんな雨の中で鳥が飛ぶはずもないということは、考えないようにした。
ごくりと唾を飲み込み、男は一気にカーテンを引き開けた。
硬直。
いま見ているものが信じられない。
「……も、ももももも、……百花ッーー?!」
そこには、死んだはずのかつての恋人が恨みがましい形相で立っていた。
男の絶叫が、マンション中に響き渡った。




