孤独少年、疾走する
クライマックスに向かって走り出します。
翔は柚希の母親に礼を言って家を出た。
深緑の傘を打つ雨音。傘の骨を伝って滝のような雨が外界から翔を遮断して、彼を思考の淵に沈める。
怪我をした柚希と、しなかった桃華。
自分が死ぬはずだったという柚希、体から抜け出す癖のある彼女は、死ぬほどの事故に遭ったときもきっと外へと出てしまったはずだ。
そこで彼女はなにかを見たのだろう。――たぶん死神の姿を。
人の運命を変えられるのは人だけ。
奇跡を起こすのは、起こしたのはいったい誰だ。
スピードを緩めず走り抜けた車が、歩道を歩く翔のズボンに水を掛ける。
傘を差していても台風が連れてきた豪雨が容赦なく体を濡らす。どうにか傘で守れているのは頭くらいだ。
両手を幽霊へ差し伸べていた柚希。あのとき彼女は何をしようとしていたのだろう。
奇跡に犠牲はつきものだと言っていた昴。では、戻る体のない姉を生き返らせるために柚希が払う犠牲とは。
「――冗談じゃ、ない……」
双子の姉が行きたかった高校。それだけで柚希には価値があっただろう。
けれどもし、それだけではなかったら。
俯いていた視界に、突如白いものが割り込んできた。
はっとして意識を戻すと、雨でびしょ濡れになった白うさぎが翔の足下に立っている。
「お前」
白うさぎは、翔が自分を認識したのを確認すると踵を返して走り出した。
翔は傘を放り投げて後を追う。
ある可能性にせっつかれるような恐怖を覚えながら。
沈みかけた陽は雨雲によって隠され、辺りはすでに夜のような薄暗さを迎えていた。
やはり白うさぎの向かう先はあの交差点だ。
翔はうさぎの案内に頼らず、目的地に向かって全速で走り出した。
もともと足はそちらに向かっていた。柚希の家からはそう遠い距離ではない。
ほどなく目的の交差点が見えてきた。
今日も事故が起こったのか、遠くでサイレンが聞こえてくる。
昨日罅が入った建物の窓硝子には、応急処置なのか見栄え悪くガムテープが貼られ、場所によっては段ボールで押さえられている。きっと台風対策だろう。
今回の事故現場は少し遠いようだ。
交差点には雨で薄れ掛かったブレーキ痕と、ほんの少しの車体の欠片しか残っていない。
柚希の姿は歩道橋の上にはなかった。
四車線道路の中央にある分離帯、一段高くなったところに立っている。
彼女の真上にいる幽霊は、この前と寸分違わずドス黒い。
反対に柚希の姿は雨に霞んでいるため、おそらく生身の姿なのだろう。
それでも彼女が真っ直ぐ幽霊を見上げている姿から、幽霊が普通の人でも視認できるほどの強さを持ったのだと翔に悟らせる。
「馬鹿、野郎っ」
少し喋っただけでも雨が口内に入ってくる。
翔は片手を掲げ、目に雨が入るのを防ぎながら一歩柚希の方へ踏み出そうとした。
横で並んだうさぎも飛び出そうとする。
その瞬間、なんの脈絡もなく猫の鳴き声がすぐ近くで聞こえた。




