孤独少年、とある雨の日を知る
「どうしてそう思うんですか?」
「柚希も、最近ちょっと様子が変だから。喧嘩でもしたのかしらって。それとももしかしてだけど、あの子学校に行ってないんじゃないかしら」
鋭い。さすが母親と言うべきか。
言葉に迷う翔に、柚希の母親はころころと笑った。
「別にそれはいいの。あの子の頭じゃあ、あの学校は辛いだろうなぁと思っていたし。他にやりたいことが出来たなら、私はあの子の気持ちを優先したい」
「やりたいこと?」
「何でも良いの。どんなことでも。柚希が柚希としてやりたいこと」
困ったように苦笑して、柚希の母はお皿からクッキーを取って二つに割った。
「柚希と桃華はね、どこに行くにも一緒で、なんでも分け合って。雨の日に生まれたからかしらねぇ、雨が降ると二人して飛び出していくのよ。楽しそうに遊んで、びしょ濡れになって帰ってきて、満足そうにお腹空いたって言われちゃったら怒れないじゃない?」
大らかな母だ。柚希があれだけ素直に育った理由が分かる気がする。
「成績に差が出てきて進学先が別になるってなったとき、私はとてもあの子たちが落胆すると思ったのよ。でも、こっちの心配を余所に彼女たちはあっけらかんとしてて、そんなものとっくに超越した絆があったのね。でもあの事故があって……」
柚希の母の声を聞きながら、翔は手元の紅茶に残る波紋を眺めた。
歯車が軋む音がする。
それは動き出したのか、止まったのか。
「うちの高校って」
「桃華が希望していた学校よ」
予想していた答えだ。けれど少なくない衝撃を翔に与えた。
いつも一杯いっぱいだった柚希の授業態度。成績は常に下位で、よく彼女が入学できたものだと思ったのは一度や二度ではない。
双子の姉の行きたかった学校。
それだけで柚希には価値があったのだろう。
「柚希は、桃華が死んだことをどうしても納得したくないのかもしれないわね。まだ一度も手を合わせてないのよ」
仏壇の方へ目をやった柚希の母が静かに言葉を紡ぐ。
「桃華ね、ほとんど外傷がなかったのよ。打ち所が悪かったのかしらね。死に顔は穏やかで、本当にただ眠っているだけにしか見えなかったわ。逆に柚希は体中傷だらけで、お医者様もよく持ち直したって仰ってくださったの」
本当に酷い怪我だったのだろう。
翔も一度、雨で透けた柚希の背中に大きな傷跡を見た。生々しいほどに引き攣れた大きな傷跡だ。
あれが一年前の事故のものだったとしたのなら、いま問題なく動けているのが少々疑問に思えるくらいに。
そう、なにか奇跡が起こったとしか思えないような怪我からの――生還。




