そして最後の雨の日が始まる
雨の勢いが増す。
週末にくると言っていた台風が少し早まっているようで、天気予報の精度が格段に上がった昨今では珍しいことだ。
スマートフォンで確認してみると、後数時間で直撃するらしい。
金曜日の午後、柚希は制服の上に薄手の上着を着て、ファストフード店でじっとしていた。
蓋付きのプラスチック容器に入ったジュースはこれで三個目。昨日からの数を入れると、もう考えたくない。
平日の昼間、台風の日にわざわざやってくる人も少ないようで、二階に並べられた座席はがらがらだ。窓際のカウンター席に座っているのは柚希しかいない。
窓硝子に映る自分の顔に雨粒が叩きつけられる。
雨のカーテンの向こう側にある交差点には、ときどき車が通るばかりでやはりいつもよりも交通量が少なかった。
交差点は車を交互に通すという、何の変哲もない通常の役割を果たしている。
事故がないというのはいいことだ。
誰も怪我をせず、目的の場所へ時間通りに到着できるだろう。
けれど、柚希はその事故を待っていた。酷い人間だろうとずっとずっと待っていた。
あとどれだけ待てば良いだろう。
どれだけ想えば良いのだろう。
まだ奇跡を起こすには足りないというのだろうか。
ふと翔の顔が思い浮かんで柚希は頭を抱えた。
最初はただ、柚希一人ではなかなか見つけられない桃華を捜してほしかった。
次に彼の抱える苦悩を知ってどうにか出来ないかと思った。
その優しさに触れるたびに、独りでいるべき人ではないと感じて引っ張り出したかった。
こちらへ向けてくる表情の変化が嬉しかった。
だけどいまは嬉しさが罪悪感にべったりと塗りつぶされていく。
翔も知穂も、柚希を見ていてくれる。
桃華を通した柚希でもなく、柚希を通して桃華を見るでもなく、フィルターのかかっていないそのままの柚希だ。
自分でさえも、柚希は桃華なしで己を考えられないのに。
彼らは桃華を見てくれるだろうか。
彼女が生き返ったら、柚希というフィルター無しで桃華と接してくれるだろうか。
急ブレーキの音が耳を突いて、柚希ははっと顔を上げた。
交差点には長く蛇行したブレーキ痕が残っている。
その痕を目で追っていた柚希の耳に雨でくぐもった打撃音と破裂音が聞こえてきた。
店内にいた数少ない客たちが、何事かと窓際に集まってくる。
交差点の先、だいぶ行った先に煙が上がっていた。大型トラックを含めた数台が、もつれ合うように転がっているのが辛うじて目視できる。
一昨日とは比べものにならないほどの大きな事故。
野次馬をしに降りていく客たちに一拍遅れて、柚希も店を出た。
室外に出た途端、顔面に叩きつけてくる雨粒。
物理的に柚希の歩みを止めようとするそれに逆らって、彼女は足を前へ出す。
事故現場ではなく、交差点へ。
そこには肉体を持ったままでさえ、はっきりと見えるようになった黒い影があった。




