死神さま、歌うように語る
教師の声を頭の片隅に引っかけながら、翔の意識の大半は窓硝子を叩く雨音に向かっていた。
ときどき黒板に目を戻してノートに書き写す作業をするが、すでにノートは虫食いだらけだ。
後で勉強し直さないと、試験前の見直しに支障が出てしまうだろう。
視線を横へ移す。
いつからか教室を見回すときは、自然と視線がある場所で止まるようになっていた。
授業中によく頭が揺れていたのは睡魔と戦っていたからだろう。教師に差されて毎度慌てる姿に学習能力がないと思わず失笑していた。
その何かと視界に捉えてしまっていた後ろ姿が今日はない。
柚希は学校を休んだ。
体調を崩したらしいが、あれだけ雨に打たれたのだから当然だろう。
同じようにずぶ濡れになった翔も、念のために朝、風邪薬を飲んで登校した。
柚希がいないことに対して翔は正直少しだけほっとしていた。
彼女とどんな顔で会えば良いのか分からない。
死んだ人間を生き返らせたいと、そんな荒唐無稽な話を彼女は絞り出すような声で言っていた。
ただの願望、夢、妄想というには柚希の声は悲痛と決意が満ちていて、翔をひどく不安に駆り立てた。
放課後、図書室に向かう足の動きが、遠くで聞こえる生徒たちの談笑に引き摺られて鈍った。
ひとり廊下に立ち止まり、瞑目すること数秒。翔は溜め息をついて踵を返す。
雨の中すでに歩き慣れた道を行くのは、己の中に潜って思考を回すのに打って付けだ。
行き交う自動車やときにすれ違う人々を、傘をずらして避ける。
漫然と流れる景色は適度な情報という栄養剤として翔の頭の回転を速めた。
昴の事務所にひとりで足を踏み入れるのは今回で二度目だ。
相変わらず仕事などしていない様子で、昴はやる気なくデスクにあるパソコンを眺めていた。
頬杖をついたまま、昴は目だけで入ってきた翔を認める。
「今日は休業ですよ、雨ですからね」
「昨日、あれだけの騒ぎを幽霊が起こしたのに、死神は対処しないのか」
「だって雨ですよ。やる気起きないじゃないですか」
どこまで本気なのか分からない顔で昴は肩を竦めた。
勢いよく体重を乗せられた背もたれのスプリングが、抗議のような軋んだ音をさせる。
昴が形のいい切れ長の目を、細く細く眇める。長い睫が作った影が、彼の瞳の色を隠した。
翔は直感的に見てはいけないものだと理解する。
――死神の瞳。生者が見るにはあまりにも暗く、未知なるものを秘めているのだろう。
だが目を逸らすことをしたくなくて、翔は緩く結ばれた昴のネクタイを睨みつけた。
死神は歌うように語る。
「恵みの雨は邪気を流し、人が抱える膿んだ怨みを薄める。けれど溜まる雨が過ぎれば流れは滞り、澱んで勢いを増すでしょう。向ける先のない怨みが水に浮かび上がって表面化し己を内側から蝕んでいく。堤防が決壊し一度溢れ出すと、それは無差別に周りを巻き込んで悲劇を起こす。きちんとした流れを作ってやらない限り、昇華することはない。僕らがやれるのは、怨みが薄れるほど広がって自然と消えていくのを待つか、水のある場所を断ち切って奈落へ突き落とすかだけです」
昴の口角が上がる。
温度を持たない微笑。完璧な角度で上がる両端は、人間らしさを伴わない薄ら寒いものだった。




