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イノシシ娘、許せないこと

少し長めです。



 元気なことだけが取り柄で突っ走ることしか出来ない柚希と違って、桃華は頭が良くしっかり者で、皆から頼りにされる柚希の自慢の姉だった。

 間違いなく、柚希にとって桃華は特別だった。

 彼女がいれば何でも出来た。恐いものなんてなかった。無敵だと思っていた。

 きっと桃華にとっても柚希は特別だっただろう。

 そこに明確な理由があるわけではない。彼女の心を覗けたわけではないけれど、それでも柚希は確信を持って桃華の隣にいられた。

 喧嘩をしても仲直りが早かったのは、自分だけでなく相手にもお互いが必要だと知っていたから。

 どちらかが「ごめんね」と言ったなら、「ごめんね」と返す。

 鸚鵡返しではなく、一方的に許すのでもなく、お互いを許容しあった。

 いつだったか「ずっと一緒だよ」と強請った柚希に、桃華は「あたりまえ」と笑った。

 「変わらずいられるか」と問うてきた桃華に、柚希は「大丈夫」と約束した。

 高校が別になるとなったとき、寂しいとは思ったが仕方ないとも思った。いまはそれを後悔している。

 あれは約束を反故にしたことになるだろうか。

 もっと柚希が勉強をしていれば、一緒に進学できると喜び合うことも出来ただろうに。

 桃華の行くはずだった高校に彼女がいない。

 そんなの、おかしい。


 皆、若くして死んだ彼女を悼んだ。同時に柚希だけでも助かって良かったと言う。

 その言葉を真っ直ぐに信じることが出来なかったのは、柚希の弱さだろうか。

 どうして桃華が死ななくてはいけなかったのか、柚希ではなく桃華が生き残れば良かったのに。

 そんな言葉が、労りを込めて向けられる笑顔の裏に隠れている気がした。

 片割れを失って呆然とする自分を抱きしめてくれる腕が、本当に抱きしめたいと思っている相手は誰なのかと考えてしまう。

 柚希を通して、皆が桃華を見ている気がした。

 だがそれも、柚希にとってはどうでも良いことだ。

 桃華を生き返らせたい。彼女に生きて欲しい。普通の女子高生になって高校に行って欲しい。そのためだったらなんでもする。

 そう決めたのは他でもない柚希自身の意志である。

 ただ柚希は、大好きな姉に生きて欲しいのだ。







 ふっと自分が覚醒したのに気づいて、柚希は顔を顰めた。

 部屋の中がカーテン越しでも朝だと分かるくらい明るい。

 だが、相変わらず陽は出ていないようで、雨の音が起ききらない頭を揺さぶるように響いている。

 顔だけで横を向くと、空っぽのベッドが目に入った。

 誰もそこで眠らなくなってどのくらい経ったのか。今日はいつもある桃華のぬいぐるみでさえ、そこにはない。

 あの後、昴はけっきょく白うさぎを返してはくれなかった。


 柚希は傍らのくまのぬいぐるみを引っ掴んでそのお腹に顔を押しつけた。

 昨日のことを思い出す。

 久しぶりに見た桃華の姿は酷いものだった。

 邪気で覆われ、輪郭さえも曖昧で、生まれてから柚希の中にずっとあった桃華との絆、繋がっているという感覚さえ失われていた。

 それがあまりにもショックだった。

 桃華は自分の代わりに生きている柚希を許してくれないのだろう。

 「ごめんね」と言えば「ごめんね」と返してくれる、そんな関係も壊れてしまった。


(ごめんね、桃華。ごめん)


 彼女は、ずっとあそこにいたのだろう。

 自分が死んだ場所、あの事故の日に囚われて動き出すことも出来ず、ずっと柚希を待っていたのだ。

 事故の衝撃から立ち直った直後、柚希は一度あの場所に行っている。

 まだ桃華がいるかもしれないと思ったからだ。

 だが、そのときは彼女を見つけ出すことは出来なかった。

 幽霊の全てがいつでも姿を現していられるわけではない。

 時間だったり、状況だったり、いろいろと制限があることもある。

 だから柚希は何度でも通って確かめなければいけなかったのだ。

 それなのに、事故現場に行くことが辛くて、一度行っただけで桃華がいないものと思い込んでしまった。

 許さない、許されない。柚希は自分が許せない。


「桃華、待ってて」


 必ず、生き返らせてみせるから。


 跳ね上がるようにベッドから起きた柚希は、朝食の準備をする母と新聞を読む父に「おはよう」だけを告げて家を飛び出した。

 制服を着て出たのは心配させないためのせめてもの意地だ。



 そして柚希は、雨の音を聞く。






次話から毎日夜に、1話ずつ更新予定です!

100話までは行かなさそう。

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