イノシシ娘、嵐に叫ぶ
「相澤っ」
駆けよって正面に膝をつき彼女の肩を揺するが、柚希は膝を抱えた姿勢で動かない。
頬に触れてみるが、ぬくもりはない。
だが、翔も彼女も長く雨に打たれた状態で体温の違いを確認するのは難しかった。
(息はある。大丈夫だ)
心の中で自分に言い聞かせ、冷静になるために少しだけ柚希との距離を空けた。
動かした膝が何か硬いものに触れた。
十字の首飾り、いつも柚希の首に掛かっていなければいけないものだ。
「体から抜けたのか? でもなんで、どこに行ったんだ」
蒸し暑いと言ってもこんな雨の中、芯まで濡れた状態で長く動かずにいたら風邪を引いてしまう。
かけてやる上着を、今日は翔も持っていない。
せめて濡れないところに移動させるべきかと悩む翔の背中がぐいっと思いっきり引かれた。
振り向くと白うさぎが丸い手で器用に翔の服を掴んでいる。
うさぎは逆の手で通りの方を頻りに示した。
翔はうさぎと柚希と、通りの方へ数度視線を移動させた。
「こいつの体、見てろ」
うさぎが頷いたので、翔は柚希の体を置いて通りの方へ向かった。
一段高い状態の歩道に出る。
ガードレールの先は片側二車線の道路で、雨を遮ってくれていた建物は本屋だった。
四車線道路を縦断する道路の向こう側にコンビニがあり、コンビニには救急車が二台止まっている。
近くには事故を起こしたのかひしゃげた車が二台、コンビニ脇の街路樹が一本なぎ倒されていた。
それなりに大きな事故だったのだろう。
一車線が通行止めにされ、交差点を渡った翔がいるほうまで渋滞を起こしている。
雨の中を縫うように聞こえてくる野次馬の声や、車の排気音。ちょうど帰宅時間帯で雨にも関わらず人の姿が多い。
その中で微かに聞き覚えのある声がして、翔は視線を巡らせた。
野次馬の中にはない、事故車のそばにもない。
辺りを這うように見ていた翔は、一瞬雨脚が緩むのを感じて顔を上げた。
「――ッ、……」
交差点の真ん中、高い位置に浮かぶ黒い影がある。
靄のようではなく、どろりとした、あれは人影だろうか。
その影に向かって、何かを叫んでいる少女がいた。
交差点を渡る歩道橋の上で、見慣れた少女が必死に手を伸ばしている。
「相澤!」
思わず大きな声で叫んで駆け出したが、雨音に遮られて翔の声は誰にも届かない。
やたらと長い階段がもどかしい。平たい段を一段飛ばしで一気に駆け上がる。
ここに来てようやく柚希の声がはっきりと聞こえ出した。
「桃、桃華っ。桃華なんでしょ!」
柚希が叫んでいるのは、死んだ姉の名だ。
捜してほしいと、柚希が翔に話しかける切っ掛けとなった人物。
「わたしだよ、分かる? 柚希だよ」
「――……ユ、……ズ……」




