孤独少年、雨の中を走る
テーブルの上に仁王立ちし、腰に手を当ててこちらを見下ろしているうさぎの様子は、ぬいぐるみのくせに大層ふてぶてしい。
「なにやって、……」
翔が呆然と呟くと、うさぎはビッと明後日の方向を指さした。
これはいつも、時間を稼ぐから逃げろという合図だ。
だがいまは、翔の目で見ても逃げなくてはいけない相手がいない。いつも通りの長閑な図書室だ。
だとしたら、うさぎの言いたいこととは。
翔は手早く荷物を片づけると、白うさぎを鷲掴んで図書室を出た。
誰がいつ来るとも知れないあんな場所でぬいぐるみに話しかけるわけにはいかない。
うさぎが暴れるので、階段の陰まで来て離してやった。
翔の手から逃れたうさぎは、しゃがんだ翔の腕をシャツの袖が伸びそうなほど引く。
「相澤に、何かあったのか?」
翔が言うと、白うさぎがピタリと動きを止めて見上げてくる。
真剣に見返すと、うさぎは一度頷いて駆け出した。
柚希の身になにかが起きている。
翔は雨の中飛び出したぬいぐるみを追いかけた。
幸いと言っていいのか、豪雨となったいまは外を歩く人はあまりいない。
居ても出来るだけ濡れないようにと傘を深く引き、俯き加減で歩いているので走るぬいぐるみに気づく人はいなかった。
代わりに傘も差さずに走る翔はあっという間にずぶ濡れになったが、うさぎを見失わないようにひた走る。
うさぎは短足のくせに走るのがえらく早い。
翔の肺が焼かれるような痛みを訴え始めた頃、ようやくうさぎは走るスピードを緩めた。
この辺りはうちの高校の生徒が利用する最寄り駅が近くにあって、翔も何度か通った記憶があるが、明確な地理は思い出せなかった。
雨音の合間に高い音が聞こえてきて、翔は息をのんだ。
(救急車? まさか)
嫌な予想に唇を噛む。
確かこの先に大きな交差点があったはずで、救急車のサイレンはその辺りから聞こえてきている気がした。
だがうさぎは翔の予感を裏切って、交差点に出る一つ手前の道を曲がった。
さらに一度、今度は交差点に向かって曲がる。
車は通れないほどの狭い道、横殴りの雨は両脇の建物に遮られて襲いかかってこられず、僅かな雨粒だけが体を濡らす。
屋根の縁が掛かる民家の塀に、雨宿りをする猫がいた。
その向かい、大通りに出る直前、緑のフェンスに寄りかかるようにして蹲る捜していた姿があった。




