孤独少年、イノシシ娘を思う
自分の集中が切れたと気づいたのは、激しさを増した雨の音が耳に入ってきたからだ。
顔を上げた翔は、窓の外に広がる景色に眉を寄せた。
台風はまだそれほど近くまで来ていないはずだが、傘を差しても足下が濡れるのを免れることは出来ないだろう。
図書室の中には見る限り翔以外の生徒はいない。
外が荒れる気配に、皆早々に帰宅したのだろう。
翔は柚希が置いていったルーズリーフに残された彼女の筆跡に触れた。
「間違ってない、か」
文字を口に出して呟いてみる。
柚希の心が形になって、ほろほろと翔の中に注がれていくようだ。
(本当に、イノシシみたいな女だな)
自分の心に正直で、周りが見えないほど突っ走って、体当たりでぶつかってくる。
何度跳ね返されても、心に従うまま何度でも突っ込んでくるのだろう。
可笑しさがこみ上げて口元が緩みそうになるが、独り図書室で思い出し笑いをしているのも怪しいので、意識して頬を引き締めた。
翔は正しさが全てではないし、まして善ではないと思っている。
口を噤むことで保たれる平穏があることを知っている。
ただ翔の場合は、気を遣うことで気を遣われる。それが悪循環の方向へ向かってしまっただけだ。
分かっていても抜け出す出口と勇気が持てなかったのだが、出口はすでに問答無用で柚希に開けられてしまった。
あとは踏み出す一歩。翔は焦らず進みたいと思っている。
実際、少しずつだが母親との会話も増えている。
いままでは話す話題もなかったのだが、いまは見ていて退屈しない類の少女が傍にいてくれるのだ。
ふと、この前行った病院でのことを思い出した。
元気だけが取り柄のような柚希が、ひどく青ざめ震えていた。
亡くなったという双子の姉は、彼女にとってとても大きな存在なのだろう。
囁くように喋っていた柚希は、まるで自分が死ねばよかったのだと言わんばかりだった。
冗談じゃない。
反射的にそう思う。
何を見るでもなくテーブルを捉えていた翔の視界に、突然影が差した。
二度瞬きして顔を上げた翔は、そこにいたものに絶句する。
白いうさぎのぬいぐるみが、テーブルの上に仁王立ちしていた。




