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イノシシ娘、ご機嫌になる



「高坂くん!」


 声をかけながら近づくと、翔はちらりと目を上げて柚希を見た。

 それ以上の反応を示さない彼の腕を叩く。


「あのね」

「煩い」

「……酷い」


 たぶん最初に名を呼んだ声が大きかったからなのだろうが、タイミング的に話しかけただけで怒られた気分になる。

 邪険に扱われるのは久しぶりで、しょんぼりした柚希に、翔は溜め息をついて白紙のルーズリーフを取り出した。

 こちらも久しぶりのやり取りに、思わず目を輝かせる。

 なんとなくワクワクした気分で向かいに腰を下ろすと、柚希は筆箱からシャーペンを取り出した。

 「お家に帰らないの?」と書くと首を振られる。「帰りづらい?」と書くと、少し迷うようにテーブルの上に視線を彷徨わせたあと、翔は小さく頷いた。「大丈夫だよ」と柚希が書くと、彼は息を吐いて自分の手元に目を戻してしまった。

 今日の翔は数学を勉強しているようだ。

 柚希はむっとして「高坂くんは間違ってないんだから」と大きく書くと、視線を落とす翔のノートの上に紙を滑り込ませた。

 否応なく柚希の文字を見ることになった翔は、もう一度小さく息を吐くと「そういう問題じゃない」と書いて返してくる。

 意味が分からなくて眉を寄せる柚希に翔が手を伸ばしてくる。彼は柚希の眉間を軽く指で弾いた。

 それほど痛みはなかったが、驚いた柚希は、けれど先ほど怒られたこともあって声を上げられずに目を白黒させた。

 そんな彼女に翔は微苦笑をしてみせる。

 柚希にはその笑みの意味を量ることが出来なくて、再度眉を寄せると首を傾げた。

 教科書とノートに目を戻し、本格的に勉強に戻ってしまった翔の邪魔をするのも気が引けて、柚希は渋々腰を上げた。

 あまり知穂を待たせてしまうのも悪い。


「高坂くん、また明日ね」

「……ああ、明日」


 いつもの柚希の台詞、いままでにない翔の返事。

 釈然としないものも吹き飛んだ柚希は、ご機嫌に知穂のもとに向かった。




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