イノシシ娘、ぐだる
「あーつーいー。だぁーるいー」
柚希は両手を投げ出して行儀悪く机に突っ伏した。
帰りのホームルームを終えた教室内では、やる気に充ち満ちた部活生たち以外は、皆柚希と似たような惨状だ。
週末には今年最大の台風が直撃するでしょう。と朝のニュースを聞いた水曜日。
まだ離れているくせに、台風は日本列島を雨雲で覆っていた。
実際のところ、いま降る雨が台風の影響なのかはきちんとニュースを見ているわけではない柚希には分からないのだが。
涼しくなり始めたかなと思っていた矢先、大気が湿り、蒸し暑さが戻って不快指数が一気に跳ね上がった気がした。
この台風が過ぎれば本格的な秋が始まってあっという間に寒くなるだろう。
だがいまは暑い。汗を掻くほどではないが、夏のカラリとした暑さとは違って何もやる気が起きない鬱陶しい気候だ。
最近では夕方になり始める頃には上着が必要だったが、今日は長袖のワイシャツ一枚を腕まくりする状態である。
「柚ちゃん、雨の日はバイト休みでしょう。帰り道に新しいカフェ出来たの。ケーキ食べに行かない?」
「あー、魅力的。でもちょっと最近金欠なんだよね」
柚希のようにぐだってない知穂は、すでに鞄に荷物を詰め込め終えて帰る準備が出来ている。
彼女のこの涼やかさはどこから来ているのだろう。もしかして守護霊から冷風が出ているのではなかろうか。
くだらないことを考えながら、柚希は財布の中身を確認した。小銭も入れて二千五百円ちょっと。
自転車通学だから問題ない中身だが、それでも次のお小遣いまで保たせるとしたら、少し心許ない。
「柚ちゃんって、バイトのお金なにに遣ってるの」
「うーん、色々?」
実は何にも遣っていない。
バイト料はクロスの貸出料とイコールだ。だがそう言うわけにもいかず、柚希は曖昧に誤魔化した。
「ごめん。やっぱ今日は止めとく。今度! 今度お小遣い出たら行こ!」
「分かった。楽しみにしておくね」
両手を合わせて謝る柚希に、クスクス笑って知穂が了承してくれる。
雨の日の柚希の通学は、合羽を着ての自転車か徒歩とバスを使っての登下校だ。
柚希は基本的に自転車だが、最近は雨が続いたため今日は流石にうんざりしてバスを使った。柚希が使うバスは、知穂と同じ方向で翔とは逆方向である。
ちらと見た限り、翔はもう教室にいなかった。
彼が図書室に行くのは、母親との関係性で遠慮があるからなのだろうと知ったのは最近のことだ。
一緒に帰る知穂に少し待っていてもらって、柚希は久しぶりに図書室に足を踏み入れた。
湿気があるからか、本独特の匂いがいつもよりも強い。
相変わらずの静けさで、教室にいるときよりも窓硝子を叩く雨と風の音が大きい気がする。
翔は前と同じテーブルに座っていた。




