死神さまのお仕事
「相澤?」
翔がこちらを見下ろして目を瞠った。
きっと柚希の顔は青ざめているのだろう。
体から血の気が引いているのか、酷く寒い。
それなのに、こめかみ辺りに心臓があるようにドクドクと血液の音がする。
雨の音と混じり合って、呼吸の仕方を忘れる。
「おい、相澤っ」
ふらりとよろめいた柚希に、翔が焦ったように手を添える。
柚希は翔の袖を握りしめて、声をかけに来てくれた看護師に首を振った。
この場所にいては本当に具合の悪い人の迷惑になる。柚希は翔を促して病院の中庭に出た。
入院患者が少しでも安らげるようにと作られた中庭は、起伏の少ない散歩道と僅かな丘、大きく葉を伸ばす常緑樹が植えられている。
葉によって守られたのか、木の下にあるベンチには水滴がついていない。
腰を下ろした柚希の肩に、翔は自分の上着を掛けてくれた。
震える両手でぬいぐるみを抱きしめてお礼を言う。
翔は隣には座らず正面に立ったままだ。じっと見つめてくる視線から彼が困惑しているのを感じ取って、説明しなければと口を開いた。
「わたしには、見えなかった」
「なにが?」
「……昴さん」
翔が息をのむ。
彼は考えるように眉を寄せて、柚希の様子を窺うようにゆっくりと喋った。
「あいつも幽体離脱してるってことか」
「その表現が合ってるのかは分かんない。昴さん死神だもん」
翔が変なものを呑み込んだような顔をする。
彼はまだ昴が死神だということを信じていないのかもしれない。
胡散臭いと、昴に会うたびに顔に書いてある。
だが昴は死神だ。柚希はそれを身をもって体験している。
「わたしたちが成仏させる人と放っておく人の違いってなんだと思う?」
「……この世に怨みがあるかか」
柚希は首を振った。
その条件なら対象者はもっと多くなっているだろう。分かりやすいのがいつかの落ち武者だ。
「あのね、その幽霊が現世に影響を与える可能性があるかどうかなの」
死者よりも生者の方が圧倒的に強い。
どれほどの怨みを持っていようが、それが生者に与えうる影響などほんの瑣末だ。
だがときたま、あらゆる条件が揃って思いも寄らない力になることがある。その危険性の高い幽霊から順に説得に当たるのである。
順番を判断しているのが昴なのか、彼の上に誰かがいるのかは分からない。柚希は聞いたことがない。
「たまにはイレギュラーもあるけど、基本的には死神の仕事ってそういうものなの。やることは説得だから、わたしでも代われる。……だけど、代われない仕事もある」
翔は黙って耳を傾けてくれている。
柚希は冷え切った体を少しでも温めようと、無意識に体を揺すった。
「一つは悪霊化した幽霊の討伐。もう一つは、特別な力を持つ人間が死ぬときのお迎え」
「特別な人間?」
「生きながらに普通の人とは違う能力を持つ人。死んだ後にもすぐに現世へ与える影響が大きいんだって。高坂くんも、たぶん死ぬときは死神がお迎えに来ると思う。……わたしたちの時はそうだった」
柚希はぎゅうっと目を瞑って白うさぎを抱きしめた。
「……相澤たちのとき?」
翔の声が固い。
柚希は目を閉じたまま頷いた。
覚えている。濡れたアスファルトに反射したヘッドライトの明るさ、どちらのものとも分からない悲鳴、いつの間にか立っていた死神の姿。
「わたしと桃華が事故に遭ったとき、昴さんが来たの。雨の中傘も差さないで、真っ黒な姿で、私たちの前に立って、手を伸ばしてて」
「相澤」
「桃華じゃない。わたしが死ぬはずだったのに」
「相澤っ」
「昴さん、桃華を連れて行っちゃった」




