孤独少年、過保護予備軍
市内にある一番大きな病院の受付ロビーで、柚希は観葉植物の影から立ち上がった。
その日のバイトの相手は、病院内で治療の甲斐なく病気で亡くなっていった幽霊たちだ。
翔の手を煩わせることなく無事に成仏してもらうことが出来たことに、柚希は安堵の息を吐いた。
人目を忍べないこういった公共の場で騒ぎを起こすのは少々障りがある。主に翔の精神面に対しての。
ロビーに並べられた待合椅子の、一番目立たないところに翔は座っていた。
こちらに視線を送ってくる彼に、無事終わったと親指を立てて見せる。
翔は分かるか分からないかくらいに頷いて肩の力を抜いたようだった。
鞄とうさぎのぬいぐるみを置いた椅子を一つ挟んで隣に、柚希の体がある。
目を瞑って俯いている様は具合が悪いように見えなくもない。体に戻った柚希は、ゆっくりと瞼を上げた。
ちょうど電光掲示板に映された受付番号が切り替わる。いくつか座席を挟んだ斜め前の老人が腰を上げた。
「飴」
「ありがとう」
横から突き出された小袋を受け取って、柚希はビニールを切って飴を口に入れた。
この一連の動作はもうすでに何度も繰り返してきたものだ。
口に入れるまでパッケージを見ずに、味覚で何飴か当てるのが最近の柚希の楽しみになっている。今日は口の中でしゅわしゅわするメロンソーダ味だ。
いままで柚希は昴の事務所に体を置いて仕事に出ていたのだが、体から離れている時間は短い方がいいだろうという翔の提案で、最近では場所によって現場まで生身で来るようにしていた。
そのため、体力回復に役立つ甘味を柚希だけでなく翔も常備している。
一度翔の鞄の中を覗いたことがあるが、結構な種類の菓子類が放り込まれていた。
彼が好きこのんで甘いものを食べているのは見ないので、柚希のためのものだろう。意外にマメというか大袈裟というか。
柚希は口内で飴を転がしながら、昴に渡された本日の攻略リストを鞄から取り出した。
(うん。さっきの幽霊で最後)
任務完了である。
すでに立ち上がっている翔に追いつくべく、柚希が慌てて紙を鞄にしまっていると、病院内がにわかに騒がしくなった。
何事かと翔と顔を見合わせる。
彼女たちと同じように気づいた数人が振り返った。
病院の正面口ではない。おそらく緊急搬送用の入り口だろう場所からストレッチャーが運ばれる。
それも一台ではなく数台だ。
「なにかな。事故?」
辛うじて雨は降っていないながらも、日が暮れ始め、見通しのきかないこんな時間帯は事故が起きてもおかしくはない。
運ばれていく人の様子は遠目で分からなかったが、柚希は無意識に両腕を抱えて擦った。
うさぎのぬいぐるみに手を伸ばす。
雨の音が耳の奥で大きくなっていた。
「……あいつ、なにしてんだ」
「え?」
訝しげな翔の声に柚希は目を瞬いた。彼はストレッチャーの向かう先を見つめている。
「あそこに、死神がいるだろ」
「……え?」
心臓が大きく脈打つ。
胸を圧迫するような感覚に息が詰まった。




