イノシシ娘、愛を訴える
柚希は翔の前に回り込んで、両手で無理矢理彼の肩を引っ張った。
体勢を崩した翔の頭を抱え込む。
弾みで彼の手から離れた自転車が横転して、静かな夜の公園に喧しい音を立てた。
「おい!」
「おかしくないよ、高坂くんは。全然何にも、これっぽっちも、一つもおかしくないっ」
勢い込んで言い切ると、柚希の肩に顔を押しつけられた翔がビクリと一度背中を震わせて動かなくなる。
「仕方なくなんかないよ。だって私は知ってるもん。高坂くんの視ているものが正しいんだって知ってるもん」
柚希はあえて顔を上げて、雨雲の切れ間から覗く小さな星を睨めつけた。
「何度でも言うよ。高坂くんの視ているものを否定する人が居たら、横で何度でも高坂くんの方が正しいんだって言うから。呼んでよ、辛くなったら呼んで。すぐにすっ飛んでいって、高坂くんはおかしくなんてないって言うから」
込み上げてくるものを、眉間に力を入れて耐える。
泣きたいんじゃない、泣かせたい。
ずっと独りで理解されないことに耐えてきたこの男の子を泣かせたいと思った。
「高坂くんのお母さんは、ちゃんと高坂くんのこと愛してるよ。同じものが見えなくても、理解できなくても、あんなに幸せそうに笑うんだもん。高坂くんはちゃんと、愛されてるよ」
罪悪感だけじゃない。優しさだけじゃない。
きっと、もっと根本的な親子の情だ。
翔の体から強ばりが抜けていく。
顔をうずめた方の肩に、彼の手が添えられた。
表情は見えないが、瞼を押しつけた箇所から雨で濡れた温度以外のものは染みてこなかった。
それでも息と共に吐き出された翔の声は、少し掠れていた。
「……っは、愛されてるとか、あんた恥ずかしい奴」
「なんとでも言って。どうせ行動だけじゃなくて言葉も一直線のイノシシ女だもん」
柚希の直情型は直しようがない。
恥ずかしがって言えない言葉は、いつだってため込むには惜しいものばかりだ。
だから出来るだけ形にして自分の中から落としていきたかった。
昔から、そうやってきた。
「母さん、笑ってた」
「うん」
「また、見たいな」
「大丈夫、高坂くんが笑えば笑い返してくれるよ。だって、愛してるんだもん」
「……やっぱり恥ずかしい奴」
柚希の肩で、翔が可笑しそうに笑った。
雨上がりの静かな公園。
雨で濡れた体は冷たいが、自分の内から込み上げてくる何かに、目頭が酷く熱かった。
***
「君はこれからどうするんですか?」
「どういう意味?」
「もう君は必要ないのでは」
「……」
「どうします?」
「まだ、……まだ駄目、まだ……」
***
ここで一区切り、少し休みまーす。




