孤独少年、途方に暮れる
「馬鹿じゃないのか! こんな雨の中、風邪引くだろっ。なんで傘持ってないんだよ」
「あはは、下着までびっしょり」
「……っ、この馬鹿!」
思わず翔は、柚希の後頭をひっぱたいた。
とりあえず玄関に引っ張り込むと、ちょうど母親がタオルを持ってやってきた。
礼を言って受け取る柚希にため息が出る。
「家まで送る。ちょっと待ってろ」
「え? いいよ。ひとりで帰れるから」
手をひらひら振る柚希を無視して一度自室に戻り、かけてあったパーカーとベッドに投げ出していたスマートフォン、一応鞄の中から財布を出してポケットに突っ込む。
階段を降りている途中で柚希と母の話し声が聞こえてきた。
「そうなんだよ、おばさん。高坂くんってば、人のこと馬鹿だ馬鹿だって、それに学習能力がないとか、煩いイノシシだとかって。酷いでしょ」
「あの子、そんなことばかり言うの? 本当にごめんなさいね」
「あ、でもね、本当はすっごく優しいのも知ってるから。しつこくて煩い私にも付き合ってくれるし、なんだかんだ言っても最後は手を貸してくれるし」
「あら、そうなの」
「うん。それに顔がいいし頭もいいし運動神経もいいから、もう少し愛想があったら学校でもモテモテになるよ。あ、でも高坂くんは顔は無愛想だけど本当は意外に照れ屋で可愛いの」
翔は持っていたパーカーを柚希の顔に思いっきり投げつけた。
顔面で受け取った柚希が「ふご」と間抜けな声を上げる。
「なに母さんに変なこと吹き込んでんだよっ」
「怒んなくってもいいじゃん。褒めてるんだから」
「煩い。それにあんたをイノシシに例えたのは俺じゃねえよ。このイノシシ女」
「言った! いまイノシシって言った!」
ぷうっと膨らんだ柚希の頬を足音荒く近づいていって抓み上げる。
「あることないこと言うような口はこうしてやる!」
「い、いひゃい。いひゃいいひゃい、暴力はんひゃい!」
じたばたと暴れるのでさらに引っ張り上げていると、横からくすっと笑い声が上がった。
「ああっ酷い! おばさん、私が苛められてるのになんで笑うの」
思わず手を緩めた翔から逃げ出した柚希が、堪えられないというように笑う翔の母に詰め寄る。
母は口元を押さえて肩を震わせていた。
「ご、ごめんなさいね。ふふ、翔がこんな大きな声を出してるのを久しぶりに聞いて。なんだか楽しそうで」
「え、高坂くん楽しかったの? 苛めっ子?」
「楽しくない! 母さんも変なこと言うなっ」
「ふふ、ふふふ」
怒鳴られているのに、母は可笑しそうに、嬉しそうに笑う。
それに釈然としないものを感じながらも、どうしてだか胸が温かくなって、途方に暮れた。
――母の笑い声を聞いたのなど、一体いつぶりだろうか。




