イノシシ娘、壁をぶち壊す
翔はカーテンを閉めてベッドに転がった。
交差した両腕を瞼の上に置いて、きつく目を瞑る。
だれだって、あんな気まずい空気の中にはいたくないだろう。
彼が母親にも疎まれてると知って、彼女はどう思っただろうか。
可哀想と思ったか、情けないと思ったか。
明日、学校で柚希にどんな顔をされても傷つく気がした。
だがそれも、やはり柚希のせいでも翔のせいでもない。
当たる相手のいない気まずさは、長引くのだと翔は知っている。
だからいま、柚希にはここにいて、いつもの暢気すぎる顔で愛想笑いでもいいから傍にいて欲しかった。
なんと甘ったれた性格になったものだと自嘲の笑みが零れる。
柚希と知り合うまで、幽霊の友だちも作らず、もう十年近くも独りで過ごしてきたのに。
それからどれだけじっとしていたか分からない。
ただベッドに転がったまま、虚しさを紛らわすために心を空っぽにしていた。
「かーけるくん。あーそーぼー」
だから外から柚希の声が聞こえてきた気がしても、翔は幻聴か庭先に住み着いている小さな人外の悪戯かと思っていた。
翔を呼ぶ少女の声はしつこく続く。もしかしたら本当に柚希が戻ってきたのかもしれない。
けれど翔は、いま柚希の顔を見る気力も勇気もなかった。
無視していればいい。どうせ、他の誰にも聞こえないのだから――。
「あの、翔?」
さきほど気まずく立ち去った母が、また翔の部屋の前に立っていた。
夕飯に呼びに来たという雰囲気ではない。
一体何の用なのか。翔はなんだか酷く気だるい体を起こして母を見た。
「なに」
「なんか、下にお友達が来ているみたいなんだけど……」
跳ねるように立ち上がった翔は、母親の横をすり抜けると、転がるようにして階段を降りた。
サンダルを突っかけて玄関を開ける。
「かーけ、……あ、やっと降りてきた」
雨の中、傘も差さずに家の門のところに立っていた柚希は、へにゃりと笑って暢気に手を振ってきた。
「……信じらんねえ」
翔の中の壁が、力尽くで粉々にされた気がした。




